『アキラ』は二年生だと書いてあったから、そのときの試合で知り合った人ではないはず。ここの卒業生の弟、だったりするのだろうか。それにしたって、コウトくんといい、どういう経緯で知り合ったのかが謎の交友だ。
夏哉の想いも、考えていたことも、なにもかも、その軌跡を辿り、集めていくしかない。
夏哉が不在で、手紙とその手紙を渡す相手しかいないなか、どこにたどり着くのかわからない一抹の不安を抱えながら、今はこの一通を届けることだけを考える。
目の前を通り過ぎていく誰かが『アキラ』である可能性だってある。足踏みをしているわけにはいない。
意を決して、次に出てきた女の子二人に声をかけると、快く耳を傾けてくれた。
「人を探していて、名前しかわからないんだけど、二年生にアキラって人はいるかな」
「アキラ? 二年なら私たち同じだから、柴田くんか、秋山くん?」
同じ名前が二人いるのなら、どちらにも会ってみないとわからないかもしれない。柴田だか秋山だか、心当たりの所在を聞こうとしたとき、もう一人の子が口を開く。
「二年生で名前がアキラの子は三人いるんです。女の子ではないですよね?」
「うん、たぶん……男の子だと思うんだけど」
勝手な先入観で男の子だと決めつけていた。女の子の可能性も捨てきれないけれど、きっと男の子だと踏んで候補を二人に絞り直す。
「男子なら、どちらも体育館で部活中なので行ってみてください」
「それ、勝手に入っても大丈夫?」
「大丈夫ですよ。見学者歓迎なので!」
この場合の見学者は部外者でもあるのだけれど、本当に大丈夫なのだろうか。
お礼をして見送り、ひとりになったあと、彼女たちの大丈夫を信じて敷地に足を踏み入れる。
悪目立ちしないように、背筋だけは伸ばして歩かなきゃ、と胸を張る。堂々としていればいい。せめて下を向かないでいよう。
体育館までの道のりが果てしなく遠く感じる。
開け放された入口が見えたとき、一瞬、息を忘れた。
鼓膜を劈く音と声が、そこに溢れていた。
バスケ部とバレー部で半分に仕切られたコートを分け、ステージの上は新体操部らしき人たちが使用していて、ひしめき合うとまではいかないけれど、どの部も窮屈そうな印象を受ける。
少しでも広く場所を使うためか、部員達の荷物はキャットウォークに積み置かれている。その僅かな隙間に座り、柵の間から練習風景を眺めている人達もいて、バスケ部だけでもざっと五十人程の部員数。
この時期なら三年生はもういないし、一年生と二年生だけでこんなに人がいるのは珍しいのではないだろうか。
わたしは部活動自体は未経験だけれど、夏哉の練習や試合をそれなりに見てきたから、こうして部活の風景を眺めるのは好きだ。
足の裏に伝わる振動に合わせて、心臓が跳ねる。ふくらはぎがピリピリと痺れる。この高揚感。熱量。すべてが懐かしい。
誰もこちらを気に留めず、コートの上にいる人達は皆、楽しげで、それでいて目も動作も真剣そのもの。
夏哉もそうだった。
小学生の頃からチームに入っていたこともあって、経験は十分、素人目に見てもセンスがあった。
ボールを持つことに貪欲で、目立ちたがりなのが玉に瑕。コートの状況が俯瞰で見えるのだと言って、目の前の相手を躱すことも、ボールを持つ人を追いかけることも、ほとんど反射のようにからだに染み付いていた。
好戦的、そして自己中心的。度々指摘されてきた短所は年齢とともに落ち着いていた。危なげな場面でも大抵は決めてしまう夏哉が一度冷静にボールを戻したときのことは、今でも覚えている。
だから、監督直々に主将を任命されたのに辞退をしたと聞いたときは吃驚し、思わず怒鳴ってしまった。
きっと、なにか理由があったはずなのに、どうして聞いてあげられなかったのだろう。あのとき、夏哉はどんな顔をしていたっけ。
ぼんやりと、コートを走る夏哉の姿が一瞬だけ霞んで見えて、すぐに消えた。