「なきそうなときはね、わらって」
「ちょっ、コウトくん」
無遠慮にわたしの口角に人差し指を当て、力いっぱいに引き上げられる。
どこかで聞いたことがあるセリフだった。
またひとつ指先に絡まる細い記憶の糸を引く。
泣きたいときこそ笑え。
それは、夏哉の口癖だった。
泣きたくなることが夏哉にあるのか、といつも皮肉を返していたけれど、その教えは他の誰でもない夏哉自身を励ましていたことを知っている。
今になってそんなことを思い出したって、いつの間にか泣けない大人になりかけているわたしには、何もないのに笑うことは容易ではかった。それこそ、泣きじゃくる子どもにとにかく笑えと言うようなものだ。
泣きそうになんてなっていない。
それなのに、コウトくんの目にはわたしが泣き出しそうに見えている。
悲しい、虚しい、寂しい。
そんな思いは確かにあるのだけれど、どれもこれも、行き場がないと彷徨うばかりで出て行ってくれない。
笑えと言われても表情を変えないわたしに痺れを切らしたのか、コウトくんがパッと手を離す。しばらく口角を上げた状態で固定されていたから、唇の端がすぐには戻らなかった。
「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ」
コウトくんが、わたしの頭を撫でた。
誰かに教わりたてみたいな手付きで、たどたどしく、優しく。
もしかして、これも夏哉が教えたのかな。
小さいのに大きくて、あたたかい手のひら。
どれだけ撫でられても涙は滲まないし、やっぱり、笑えそうにもなかった。
コウトくんの手を取って、離れたところから見ていてくれたお母さんのそばまで送っていく。
「ありがとう、コウトくん」
「どういたしまして!⠀とうかちゃんもぼくのともだちから、ぜんぜんいいよ」
「えっと、友だち?」
「うん、ともだち! ……また、あえるよね?」
不安げなコウトくんがわたしの手を強く握る。想いをこめて、その手をしっかりと握り返す。
「会えるよ。約束」
さっきコウトくんから耳打ちで聞いた話がある。
秘密にしてね、と言われたその一言に、頷いて返した。
『おおきくなったら、サッカーせんしゅになりたい』
夏哉が見届けたかったその夢を、コウトくんのそばで見ていてもいいのなら、そうしたいと思う。
繋いだ手を緩め、小指を絡めたあとで、封筒に入れ直した手紙をコウトくんにしっかりと手渡した。