いちばん最初の手紙と重複する部分は、その意味をより鮮明に、初めて告げられた言葉たちは、頭の中を駆け巡るほど衝撃的に。

薄れかけたはずの夏哉の顔を輪郭まではっきりと浮かべられる。

語り口調で書かれているからか、夏哉の声も思い出せる。


苦しいと言いながら、これほどまでに、今日が来ることを恐れて拒否していながら、わたしの日々を大切にしてくれている。

幼馴染みだから、わたしのことが好きだから、それだけではとても言い表せないようなものが、ぎっしりと詰まった『 大切 』の言葉。


夏哉が幼馴染みという関係を大切にしたいのなら、わたしも両手で包んでキズひとつつかないように守ったでしょう。

夏哉が恋人という関係への進展を望むのなら、わたしは夏哉のことが好きだと、脳に騙して勘違いさせたでしょう。

いつか、それが本当になればいいと願うわたしも、ちゃんといたんだよ。


手を伸ばせば届くと疑わなかったから、掴まれることを望むばかりで掴もうとしなかった。

夏哉への一歩を踏み出さなくても、とても軽やかな足取りでこちらへ踏み入ってくるから、わたしから歩み寄ろうとしなかった。


わたしの助けなんて、いらなかったかもしれない。

けれど、わたしのこの無力な手で夏哉をあとほんの少しだけでも繋ぎ止められていたら、誰かが彼を救ってくれたかもしれない。


他の言葉が、文字が、関係が、繋がりが浮かばないくらい、夏哉はわたしにとってとても大切な人だ。


だから、失いたくなかった。

簡単に、泡のように噴いて出る後悔の文字が、ずっと刻まれることのないように、夏哉はわたしに手紙を残してくれた。


夏哉のいない世界で生きていく。

それは、深い孤独の中に閉じ込められるような不安感をわたしに浴びせた。


どうしようもなくなってしまう前に、携帯を開いた。


昨日受け取った朔間先生の連絡先のメモは、家に置いてきている。

コウトくんとヒサコさん除いた、数人の名前が羅列している。


充電が3パーセントを切っているから、画面の明るさは最小に押さえられる。

ここから火事場の馬鹿力よろしく減らないでいてくれたらいいのに、瞬きの間に1パーセントと表示されてしまい、慌てた指先がコールを押した。

随分、迷惑な行為だとわかっていて、それでも続くコールをこちらから切ることはしない。


アキラの寝室は、両親と一緒ではないか。

アキラの部屋の壁は薄くはないか。

着信はマナーモードに設定されてあるか。


そんな心配ばかりが頭に巡る。

本当、非常識だよなってアキラは呆れるだろうか。


『……んだよ』


コールの継ぎ目のタイミングで繋がったらしく、掠れた声が耳の中に入ってくる。


「アキラ」

『冬華? は、今何時だよ。なに、どうした』

「……ねえ」


言葉を区切る。

やっぱり、どうしても、アキラが年下であることを思うと、自分の行動が尚更情けなかった。


「たすけて」


生まれてはじめて、言葉にした。

だから、四文字は空中分解するように、くちびるから零れた瞬間にバラけていく。


『どこにいんの』


予想以上に落ち着いた声音で返される。


「公園、川原の、高架橋の近く」

『わかっ』


ブツっと、何かがちぎれるような音を立てて、突然に通話は終わった。

うんともすんともいわなくなった携帯。

充電が切れたのだろう。


誰にも見つかりたくない、最後に叶うのなら地上の太陽に会いたい。

そう思っていた、中学2年生の頃を思い出す。

5月25日だったことを、夏哉はよく覚えていたな。

わたしですら、忘れていたのに。


人はひとりでは産まれてこられないように、ひとりで死ぬこともできない。

あの冷たく凍えるような夜明けに、テトラポットの隙間で命が終わっていたとして、誰かがわたしを見つけて、家族の元へ返されただろう。

姿も形も、パッと瞬いて消えるくらい、呆気ない終わりならいいのに。


でも、今は。

助けてほしかった。

絶対に見つけてもらえるように、居場所まで伝えて。


明日を生きていく力は、今日のわたしが見つけるから。

昨日と今日の狭間に沈みたがるわたしを助けて。

お願い、救って、わたしを。

一度だけ、手を引いて。