バスケ部の練習を見に行くと、色んな人に声をかけられるのが嫌だ。マネージャーに勧誘されるのも、何度断ってきたのかを数えるのも。段々と体育館から足が遠のいて、夏哉に誘われたときだけしか行かなくなった。


休み時間になると必ずわたしを追いかけてくる夏哉が嫌だ。

クラスメイトに、付き合っているのか、と何度否定しても聞かれるのが嫌だ。


友だちは作るものじゃない、できるものだ、なんて鼻を高くしていたわけではないけれど、誰一人として友人と呼べる人はいない。

最初の内は話しかけてくれる子もいたけれど、ずっと一緒にいる、ということに耐えきれなくて、ひとりでいる時間も欲しい、と直接伝えたら呆気なく離れていってしまった。

こんなことを自分本位で協調性がないと言われてしまうのなら、もう何も言わない代わりに誰とも付き合いたくないというのが本音だった。


人と一緒にいることが、友だちと騒ぐことが、好きなことで話すだけが、楽しみであるなんて思わないでほしい。孤立するのが嫌だなんて一言も言った覚えはない。ついていけない話題に適当な相槌を打つのも、答えたくないことをそう思っていると悟られないように躱すのも、もう全部、嫌だ。


ようやく中学1年生の課程が終わり、束の間の春休みが明けると、わたしはまた夏哉と同じクラスになった。

それが嫌だったわけじゃない。もう、諦めていた。

休み時間のたびにどこかへ行くわたしと、わたしを追いかける夏哉。妙な噂の立ち始めは、わたしたちの預かり知らない場所で起きていて、今更根っこを叩いたって仕方がない。蔓延る噂は素知らぬフリをしていれば、興味はすぐに他に逸れていった。


新入生として入学してきたユリと登校することもあったし、誘われて何度かバスケ部の練習を観に行った。ユリが相手なら気兼ねなく話せる。

一人にしてほしいと言えば、理由は聞かずにそうしてくれた。けれど何度も重なれば理由が気になるのは当たり前で、何かあるなら相談に乗ると言われたって、誰にも言えなかったことをユリには吐き出せるというわけもなく、不満は募っていっていた。

自分の胸に巣食うものに飲まれないように、溢さないように、そればかりに夢中になっていたせいか、ユリの気持ちを蔑ろにしてきた。そのうち、ユリと登校することも、夏哉を観に行こうと誘われることもなくなった。


何一つ、絡まった糸を解けないままでいることには、目を瞑り続けた。

思えば、夏哉だけがずっと目を逸らさずにいてくれたのかもしれない。



今日を乗り越えても明日はやってくる。

昨日も、今日も、明日も、毎日塗り変わって止まらない。


夜は眠れない、朝は起きられない。

少しずつ、日々が変わっていった。

そして、あの日、決定的に壊れてしまった何かがあった。


その衝動は、心が軋んで、体に助けを求めていたのに、それさえ無視をしたことへの報復のようなもの。

週の真ん中を迎えるはずの夜中に目を覚ましたわたしは、家を出て自転車に跨り、まだ朝を迎える前の暗い空へ、無灯火で飛び出した。

このまま、夜に、暗い方に向かえばいつか戻れなくなると思うと、ぎゅうぎゅうに膨れていた心にようやく風穴を通せた気がした。


川沿いには隠れる場所がないから、と下流へ向かい海にたどり着いた。

葦の群れの中に自転車を放り捨て、潮の香りに誘われて歩く。


月を見上げると動かなくなってしまいそうで、下を向いていた。

いつの間にか、教室の外でも、顔を上げられなくなっていた。


堤防によじ登って、真下を見下ろすとそこにはテトラポットが並んでいて、わたしはそのいちばん深いところまで潜り込んだ。

体を小さく畳んで、擦れた皮膚が熱くても声を上げず、膝を抱える。段々と足元が冷たくなっていった。潮の香りがすっかりまとわりついて、海の一部にでもなったような気分だ。

爪先から浸されていって、そのうちお尻、腰、腹、と水位が上がってくる。打ち付ける波の勢いも増して、テトラポットに当たって弾けた水の粒が顔にもかかる。


自分の体の表面から温もりがなくなって、芯だけがまだ微かにあたたかい。

あまり眠れていないせいか、目蓋が重い。


流されてきたビニール袋やペットボトルが体に当たり、引っ付く。そんなことはもう気にならなかった。目を閉じて自分の呼吸だけを感じる。

胸元辺りで潮が止まったのか、それ以上海水が押し上がってくることはなく、つま先がずっと水中に揺れる。