――――と、そんなことがあっての今だ。
お茶を一口含んで、汐里がふと気付いたことを問う。
「そう言えば、家の方は?」
「別居ですよ。義父母なんですけど、仕送りだけ頂いて、基本全て一人で。兄さんからはどこまで?」
「えと、こう言ったら悪いんだけど、大方の身の上話は。そんな中で琢磨さんまで亡くなって……妹さん、よく頑張ってるんだね」
「呼び捨てで構いませんよ、年下ですし。しかし――ええ、まぁ、何とかといったところでしょうか。両親のことはもうちゃんとしているつもりでしたが、兄さんまでいなくなってしまって、ちょっと滅入ってもいます。義父母のお二人はとてもよくしてくれてますが、何と言いましょうか、やっぱり本当の親ではないので……こう、遠慮しがちに」
それは何となく分かる。汐里はそう直感した。
何せ、同じく義母である渚が家にいるのだから。
「っと、お仏壇……お線香、供えてもいい?」
「勿論です。兄も喜ぶ筈です」
頷く茜に軽く頭を下げて、居間の端にあった仏壇へと足を運ぶ。
どこかもやりとしていた、琢磨という人間の像――経験や記憶こそ受け継いでいた汐里だったが、例えば鏡、あるいは誰か別の人間の記憶もないだけに、仲村琢磨という人間の人相までは、知り得なかった。
それだけに、今になってようやく目にした遺影に、どうにも涙が止まらなくなってしまった。
すんでのところで堪えようと目に力を入れるのだが、それはぎりぎり一滴、目元から零れて頬を伝った。
(……へえ。結構、かっこいいじゃん)
『やかましい。それで桃さん以外、後にも先にも相手がいなかったんだ、内外どっちかに欠陥があったってことだろう』
(そんな心配ないでしょ。琢磨、中身だっていい人だし)
『……うるさい』
照れを隠している様子も、今となっては手に取るように伝わる。
ほんの僅か、けれども確かに、体温の上昇を感じる。
「――本当に、兄の彼女さんだったんですね。そんな風に、涙を流してくれるなんて」
茜が言う。
語った境遇の全てが偽りだが、確かに二人の間には、全く異なろうが接点はあって。
だからこそ、溢れて来た涙である。
汐里は袖で目元を拭うと、さっさと火を点けて線香を備えた。
可愛らしい小さなお鈴を鳴らして、手を合わせる。
『ねえ、琢磨。お墓参りに行くって言ったら、怒る?』
(何を怒ることがあるか。勝手にすればいいさ)
『ん、そうするね』
琢磨の同意を以って、旅の目的を一つ、追加する。
そうして茜へと向き直ると、その旨を告げた。
「三丁目外れの丘の上に、兄のお墓があります。けど……今から行くのですか?」
時刻は既に夕刻四時半。
重ねて、ここから歩いて一時間弱はかかることを茜から告げられる。
いつかの琢磨のように土地勘のない汐里は、義父母さんを見習ってホテルでも借りるよと茜に言う。
けれども何を思ったのか、茜は、
「そろそろ降ろそうと思っていた、冬用のお布団ならあります。よろしければ、泊まって行ってください」
「え、でも…」
「父母、そして義父母がいなくて、ある意味で言えば良かったです。素性知れぬ相手を家に上げるなんて、きっと反対するかも分かりませんから」
「……良いの?」
「ホテルって、結構高いんですよ? お墓参りをする為だけに高額払うのと、タダで寝床の確保が出来るの、どちらが良いと思いますか?」
何のことはないように言い放つ茜。
普通なら、断るところだが。
『基本は人見知りで、他人とは積極的に関わらん奴なんだが、まぁこういうわけだ。何となく、お前のことは気に入ったんだろうよ』
(ありがたいけど、良いのかな。嘘まで吐いてるのに)
『どうせ誰も知らん話だ。別に罰だって当たらんだろうさ』
そんな琢磨の言い分を以って。
汐里は茜の誘いを受けると、せめてもの感謝にと、諸々の準備や始末を手伝うよう申し出た。
それにはなぜか恐縮する茜だったが、やがて飲み込むと、二人仲睦まじく作業を開始した。
お茶を一口含んで、汐里がふと気付いたことを問う。
「そう言えば、家の方は?」
「別居ですよ。義父母なんですけど、仕送りだけ頂いて、基本全て一人で。兄さんからはどこまで?」
「えと、こう言ったら悪いんだけど、大方の身の上話は。そんな中で琢磨さんまで亡くなって……妹さん、よく頑張ってるんだね」
「呼び捨てで構いませんよ、年下ですし。しかし――ええ、まぁ、何とかといったところでしょうか。両親のことはもうちゃんとしているつもりでしたが、兄さんまでいなくなってしまって、ちょっと滅入ってもいます。義父母のお二人はとてもよくしてくれてますが、何と言いましょうか、やっぱり本当の親ではないので……こう、遠慮しがちに」
それは何となく分かる。汐里はそう直感した。
何せ、同じく義母である渚が家にいるのだから。
「っと、お仏壇……お線香、供えてもいい?」
「勿論です。兄も喜ぶ筈です」
頷く茜に軽く頭を下げて、居間の端にあった仏壇へと足を運ぶ。
どこかもやりとしていた、琢磨という人間の像――経験や記憶こそ受け継いでいた汐里だったが、例えば鏡、あるいは誰か別の人間の記憶もないだけに、仲村琢磨という人間の人相までは、知り得なかった。
それだけに、今になってようやく目にした遺影に、どうにも涙が止まらなくなってしまった。
すんでのところで堪えようと目に力を入れるのだが、それはぎりぎり一滴、目元から零れて頬を伝った。
(……へえ。結構、かっこいいじゃん)
『やかましい。それで桃さん以外、後にも先にも相手がいなかったんだ、内外どっちかに欠陥があったってことだろう』
(そんな心配ないでしょ。琢磨、中身だっていい人だし)
『……うるさい』
照れを隠している様子も、今となっては手に取るように伝わる。
ほんの僅か、けれども確かに、体温の上昇を感じる。
「――本当に、兄の彼女さんだったんですね。そんな風に、涙を流してくれるなんて」
茜が言う。
語った境遇の全てが偽りだが、確かに二人の間には、全く異なろうが接点はあって。
だからこそ、溢れて来た涙である。
汐里は袖で目元を拭うと、さっさと火を点けて線香を備えた。
可愛らしい小さなお鈴を鳴らして、手を合わせる。
『ねえ、琢磨。お墓参りに行くって言ったら、怒る?』
(何を怒ることがあるか。勝手にすればいいさ)
『ん、そうするね』
琢磨の同意を以って、旅の目的を一つ、追加する。
そうして茜へと向き直ると、その旨を告げた。
「三丁目外れの丘の上に、兄のお墓があります。けど……今から行くのですか?」
時刻は既に夕刻四時半。
重ねて、ここから歩いて一時間弱はかかることを茜から告げられる。
いつかの琢磨のように土地勘のない汐里は、義父母さんを見習ってホテルでも借りるよと茜に言う。
けれども何を思ったのか、茜は、
「そろそろ降ろそうと思っていた、冬用のお布団ならあります。よろしければ、泊まって行ってください」
「え、でも…」
「父母、そして義父母がいなくて、ある意味で言えば良かったです。素性知れぬ相手を家に上げるなんて、きっと反対するかも分かりませんから」
「……良いの?」
「ホテルって、結構高いんですよ? お墓参りをする為だけに高額払うのと、タダで寝床の確保が出来るの、どちらが良いと思いますか?」
何のことはないように言い放つ茜。
普通なら、断るところだが。
『基本は人見知りで、他人とは積極的に関わらん奴なんだが、まぁこういうわけだ。何となく、お前のことは気に入ったんだろうよ』
(ありがたいけど、良いのかな。嘘まで吐いてるのに)
『どうせ誰も知らん話だ。別に罰だって当たらんだろうさ』
そんな琢磨の言い分を以って。
汐里は茜の誘いを受けると、せめてもの感謝にと、諸々の準備や始末を手伝うよう申し出た。
それにはなぜか恐縮する茜だったが、やがて飲み込むと、二人仲睦まじく作業を開始した。