汐里の声に、渚が振り向く。

 思っていることの大方を、内側で把握出来てしまった琢磨は、そのまま黙って汐里の言葉を待つ。

「い、一緒に、寝てもいいかな…?」

 思いがけない言葉は、今までまったく我儘を言って来なかった汐里の、願いらしい願いだった。
 夕餉のリクエストは、確かに汐里のものだった。けれどもそれは、ある意味で言えばおのずと叶っていたことだ。

 叶わない――言わなければ、そうそう渚の方からも誘われることは無いであろう頼み。
 互い、年齢も年齢だ。

「一緒に?」

 渚が思わず聞き返すのも、無理はない。

「うん、一緒に……ダメ…?」

「ダメなんてことはないけど――ふふ。なんだ、汐里さん、とっても大人っぽいから、てっきりそんなことは言わないものだとばかり。可愛らしいものね、やっぱり」

「……やっぱやめる」

「もう、拗ねないの」

 二人が纏う空気は、もうすっかり家族のそれだ。
 嘘偽りなんて、どこにあるものか。

「食器の片付け、一枚でも手伝ってくれたらね。お風呂あがったら私の部屋に来て、汐里」

 不意打ち、のようなものだった。
 汐里が今までそうであったように、渚だってどこか線を引いていた。

 それが今、たった今、本当の意味で、一切の垣根を無くした。
 血の繋がりの有無など、些細な問題だ。問題にすらならない。
 渚としても、それはようやくと口に出来た響きだった。薄々ではあったが、汐里が渚に抱いていた想いは、感じ取っていたから。

 余計に嫌われるのではないか。私がそれを口にするのは間違っているのではないか。そう思って、なるべく自分の方から線を引くようにしていた。

 そうじゃない。そんな必要、なかった。

 本当はもっと、もっと以前から、こうして腹を割って話すことくらい出来た筈なんだ。
 後になって悔やむ。だから、後悔。後悔先に立たず――よく言ったものだ。

「お皿、私が全部やるよ」

「あら、良いの?」

「親孝行のつもり。こんなことで、今までの全部を返せるとは思ってないけどさ」

「――ううん、とっても嬉しいわ。ありがとう。でも、やっぱり一緒にやりましょう? その方が、何だか親子っぽいでしょ?」

「えー、そうかなぁ」

「ふふ」

 どちらともなく席を立って、キッチンの方へと足を運んで。
 汐里が洗って、手渡された渚がタオルで拭いていく。
 下手な言葉なくとも、呼吸は伝わっていく。

『いい母親じゃないか』

 別に、口に出さなくても良かったけれど。
 どうしても、言いたくなった。

(悪いけど、明日まで入れ替わる気無いから。だって――)

 こんなにも。

(私だけの、自慢のお母さんなんだから)