その声は、しっかりと汐里自身のものだ。
 音だけではない。響きだけではない。

 本当の、汐里自身から溢れる声だ。

 待ちわびた。どれほど、待ちわびたことか。
 ものの数日間だけのことが、既に何ヶ月、何年も経ってしまっているようにすら感じていた。

『ったく、遅えよ、ばか…』

(うん。それは後でいっぱい謝るから。だから――)

 心の中で呟いて、汐里は掴んでいた茶臼山の胸倉を放すと、その向かいの席へと座りなおした。

 目を閉じて深呼吸一つ。
 改めて向かい合った眼には、確かな力強さが宿っていた。

「あれって、小五だったっけ。ほら、夏祭りで私の鼻緒が切れてさ――」

 そうして語り出すのは、汐里が胸に秘めていた本当のこと。

「あの時、別に大人の人を呼べば良かったのにさ、輝君、私のことおぶって帰ってくれたよね。大して力もない癖に、大丈夫、大丈夫って言いながらさ」

 琢磨の後悔とは違う、汐里の本当の涙が溢れる。

「思えば、あの時からだなぁ……私、本気で輝君のことが好きだったのに……遅かったんだよね、私よりも美希の方が、行動力があって積極的で……あーあ、こんなことなら…もっと早くに…うっ…」

 全身を震わせながら、同じく震える声で、途切れ途切れになりながらも必死になって言葉を紡ぐ。
 傍から見ている琢磨にも、その重さと大きさくらいは分かる。

「輝君は悪くない。輝君の人生は輝君だけのものだし。私のものじゃないから。美希も悪くない。同じように美希だけの人生だもん。でも……でもさ、それなら――」

 一拍置いて、下がりかけていた視線を再び茶臼山へと注ぐ。
 しかと目があったことを確認すると、一言。

「私のこと……全部全部、断ってくれたら良かったのに。嫌いだって、もう話しかけてくるなって、みっきーがいるからって…」

 誘われた折、茶臼山は考える素振りもなく応えた。
 時間を作ると答えた。
 それさえなければ、いっそ諦めもついたのに。
 そう言うと、汐里の涙は一層強くなった。

 そうして、

「私、そろそろ――げほっ、こほっ…!」

 言いかけて、堪えられずに零れる咳。
 そこから、ふとしてまたあの結晶がコロリと机の上に転がった。
 それは、いつかに琢磨がみたものよりも遥かに大きく。
 それは、聊かの血液すらも織り交ぜて。

「そろそろ、終わっちゃうんだからさ…」

 汐里は、笑った。
 笑って、消え入るようにそれだけ言い残すと、汐里はダイヤを握りしめて、生徒会室を後にした。

 チラと最後に見えた茶臼山の表情は――語るまでもない。