身を乗り出して胸倉を掴む。
女性らしい所作など知るものか。
そう言わんばかりの剣幕で引き寄せた顔を、真正面に捉える。
「そのきったねぇ声は自己防衛か言い訳でもしてんのか!? 汐里が見てたって分かったんなら、言い訳をするより先にごめんなさいだろ! あぁそうだ、謝ったってどうこうならない問題だ、でもな、悪いと思ってるなら、せめて一言だけでも謝るのが筋だろ! 悪いと自分でも思うことをした人間の、最低限のケジメだろ! それとも何か、お前は微塵も悪いとは思ってないわけか? 汐里の好意は汐里個人の勝手なもので、呼び出した美希が悪いってか? そうじゃないだろ…!」
高々、数ヶ月。
それも、元はと言えばただの他人。
交わるべくではない、交わる筈のない二人。
それが、琢磨と汐里だ。
汐里は自身の死を知覚している。
それと同時に、それまではせめて強く、やり残したことを全力でやろうと自身に誓いを立て、剰え奮い立たせてもいる。
報われるか報われないかは丁度二分。どちらかにしか転がらないし、その割合だけで言えば五分五分と同じものなのだ。
ただ。だからと言って、こと感情という形に於いては、それが全く同じ比率で襲い掛かって来る訳ではない。
思いが強ければ強い程、逆に弱いものであれば、個人にとっては大きな存在にも小さな存在にもなり得る。
汐里にとって、それは人生を賭けた大一番だった筈だ。
文字通りの最期までに、やり残したこと、伝え損ねていたことを、その命の火が消えるまでに、力を振り絞ったものだ。
一つ大きなやり残しの筈だった。
「お前は知ってるか、汐里がお前と話す時、何でもない言葉一つ吐くのにだってアホみてぇに心臓が速くなってたこと」
それは、あるいは自分にも言っているようで。
やり残しがあって、禍根があって、不意の事故なんかで死んでいってしまった琢磨自身だからこそ出て来る言葉だ。
「お前は知ってるか、汐里の部屋にはお前のことばかり書いてある日記があること」
いい加減、嗚咽すらも混ざり始めて。
「お前は知ってるか……今が自分の時間じゃないんだって文字にも上げて、でも言葉には全部出さないで、それでも自分のやり残したことを全力でやった、でっかすぎるあいつの気持ちを…!」
気が付けば、頬を伝う雫すらも意識の外にあって。
必死になって声を荒げて、しかしそれでも汐里の人格は目を覚まさない。
目の前にその人がいるというのに、自分で怒ることも、文句を言うことも、何一つ叶わない。
そんな残酷なことがあってたまるか。
そんな最後になってたまるか。
自分の言葉で叫びながらも、しかし気持ちは汐里の方を向いている。
ぐちゃぐちゃになった頭の中を引きずりながら、琢磨は膝から崩れ落ちた。
「俺じゃねえ…俺じゃねえんだよ……あいつが待ってるのは俺じゃねえ。あいつが自分の何かを伝えたいのは俺じゃねえ。俺じゃなくて、本当ならあいつがお前に…」
頬を伝う雫は、やがて茶臼山の目元付近へと滴り落ちて肌に溶ける。
心の限りの叫びは、そこまでだ。
「あいつは…………あいつはなぁ、もう――」
核心に迫りかけた、その時。
――キーン――
頭を強く打たれるような感覚。
たったのこの半年の中で、いつもの、と言えてしまうくらいに何度も経験してきた、琢磨と持ち主とが入れ替わる報せ。
「琢磨――」
ふとした目眩の後、琢磨は自身の人格が、少し遠いところにあることを知覚した。
同時に、持ち主の人格が浮上していることも。
「――ありがと。後は、自分でやるよ」
女性らしい所作など知るものか。
そう言わんばかりの剣幕で引き寄せた顔を、真正面に捉える。
「そのきったねぇ声は自己防衛か言い訳でもしてんのか!? 汐里が見てたって分かったんなら、言い訳をするより先にごめんなさいだろ! あぁそうだ、謝ったってどうこうならない問題だ、でもな、悪いと思ってるなら、せめて一言だけでも謝るのが筋だろ! 悪いと自分でも思うことをした人間の、最低限のケジメだろ! それとも何か、お前は微塵も悪いとは思ってないわけか? 汐里の好意は汐里個人の勝手なもので、呼び出した美希が悪いってか? そうじゃないだろ…!」
高々、数ヶ月。
それも、元はと言えばただの他人。
交わるべくではない、交わる筈のない二人。
それが、琢磨と汐里だ。
汐里は自身の死を知覚している。
それと同時に、それまではせめて強く、やり残したことを全力でやろうと自身に誓いを立て、剰え奮い立たせてもいる。
報われるか報われないかは丁度二分。どちらかにしか転がらないし、その割合だけで言えば五分五分と同じものなのだ。
ただ。だからと言って、こと感情という形に於いては、それが全く同じ比率で襲い掛かって来る訳ではない。
思いが強ければ強い程、逆に弱いものであれば、個人にとっては大きな存在にも小さな存在にもなり得る。
汐里にとって、それは人生を賭けた大一番だった筈だ。
文字通りの最期までに、やり残したこと、伝え損ねていたことを、その命の火が消えるまでに、力を振り絞ったものだ。
一つ大きなやり残しの筈だった。
「お前は知ってるか、汐里がお前と話す時、何でもない言葉一つ吐くのにだってアホみてぇに心臓が速くなってたこと」
それは、あるいは自分にも言っているようで。
やり残しがあって、禍根があって、不意の事故なんかで死んでいってしまった琢磨自身だからこそ出て来る言葉だ。
「お前は知ってるか、汐里の部屋にはお前のことばかり書いてある日記があること」
いい加減、嗚咽すらも混ざり始めて。
「お前は知ってるか……今が自分の時間じゃないんだって文字にも上げて、でも言葉には全部出さないで、それでも自分のやり残したことを全力でやった、でっかすぎるあいつの気持ちを…!」
気が付けば、頬を伝う雫すらも意識の外にあって。
必死になって声を荒げて、しかしそれでも汐里の人格は目を覚まさない。
目の前にその人がいるというのに、自分で怒ることも、文句を言うことも、何一つ叶わない。
そんな残酷なことがあってたまるか。
そんな最後になってたまるか。
自分の言葉で叫びながらも、しかし気持ちは汐里の方を向いている。
ぐちゃぐちゃになった頭の中を引きずりながら、琢磨は膝から崩れ落ちた。
「俺じゃねえ…俺じゃねえんだよ……あいつが待ってるのは俺じゃねえ。あいつが自分の何かを伝えたいのは俺じゃねえ。俺じゃなくて、本当ならあいつがお前に…」
頬を伝う雫は、やがて茶臼山の目元付近へと滴り落ちて肌に溶ける。
心の限りの叫びは、そこまでだ。
「あいつは…………あいつはなぁ、もう――」
核心に迫りかけた、その時。
――キーン――
頭を強く打たれるような感覚。
たったのこの半年の中で、いつもの、と言えてしまうくらいに何度も経験してきた、琢磨と持ち主とが入れ替わる報せ。
「琢磨――」
ふとした目眩の後、琢磨は自身の人格が、少し遠いところにあることを知覚した。
同時に、持ち主の人格が浮上していることも。
「――ありがと。後は、自分でやるよ」