一瞬間だけ脳が揺れて頭を抱えると、すぐに開けた視界は、またぼやけた俯瞰でのイメージだった。

「戻った――知音…」

 何度か拳を作って開いて、自分の身体だと認識する汐里。
 そこに、

「しお…!」

 不意に視界の端に入って来たかと思うと、凄い勢いで飛びつく知音。

「あぁもう、ずっと我慢してたんだからね。見た目がしおだとは言え、中身は男なんだから」

「痛た……ちょ、知音、重い…!」

「親友に隠し事をしていた罰よ、あと二、三分はこうしてるから」

「それはちょっと…」

 嫌だなぁ、とは冗談にも言い辛かった。
 会話を進めていたのは琢磨だったが、それはちゃんと汐里の耳にも届いていたから。
 大好きで大切な親友の、親友らしい心遣いが嬉しかった。

 ほっと安心して、友人を抱きしめ返して――と、思わず琢磨も言葉を失うくらいに友情溢れるいい雰囲気の中、聡明な知音はまた目聡く不安を見つけた。
 知音が次に指定したのは、琢磨が汐里を助けるに至ったトリガーだった。その誰とも知れない老人が琢磨に言った条件から察するに、汐里は今、病に侵されているのではないか。それが知音の見解だった。
 当たりも当たり。と言うよりかは、そうでないと琢磨は今存在していない。
 琢磨が存在しているからには、その媒体たる汐里は、当然患っている。

「話さなきゃダメ、かな」

「私は何でも受け入れるつもりだよ、しお。言いにくいことなら、今はいい。でも、その先で何かあるのなら、その前には絶対に言って欲しい。何か――そう、例えば居なくなるとか、その後で告白されるのだけは、絶対に嫌だからね」

 例えば、と置きながらも、知音は薄々勘付いていた。
 先の説明で、琢磨は汐里が重病を抱えているとは直接言わなかった。
 しかし、琢磨が敢えて隠して言った『自分の命を使って人を助ける』という言葉。命で以って人を助けるということはつまり、それと同等かその前後にある状態の人を助ける、ということなのではないかと。

 あくまで予想、想像の範疇ではあったが、もし仮にそうだとするならば――いや、そうでなくとも、最悪今言ったことだけは何を置いても嫌だった。だから、知音はわざわざ重めのことを言ったのだ。本当に最後が来るのなら、別れた後で明かされるよりかは幾分ましだからと。

「……知音。ほんとに大好き。貴女が友達で良かったわ」

 素直に零れた、偽りない言葉だった。

「ちゃんと話すよ、全部」