時間にすれば、約二十分といったところだろうか。琢磨が話している間、知音は何のリアクションもせずに聞いていた。内容に驚く素振りも、否定する様子もなく、ただただ黙って聞き入っていた。
一息に話し終えると襲って来た予想外の疲れと口渇感に、琢磨は堪らず珈琲を一口。
少しの間を置いて「ふむふむ」と頷いた知音は、やがて琢磨の目を見て言った。
「私が異変を感じたのは、その初日だね。しおがぶっ倒れた日」
「初日……?」
「うん。ずっと一緒にいる私たちへの視線の送り方が、まるで初めて会った人みたいだった」
何と。そこからバレていたとは。
言いようのない寒気を覚えた琢磨に、知音は続けて分析を披露する。
「それからずっと観察してたんだけど、たまーにそういうことがあったのね、しおも気付いてないみたいだけど」
「そうらしいな」
「二つ目、ここからが決定付けたものなんだけど。さっき、お手洗いに行ったわよね」
「行った」
「あそこで、入れ替わったんでしょ?」
全て、見透かされていた。
彼女の観察眼が鋭いことはたった今分かったところだが、よもやあの瞬間に鎌をかけられていたと言うのか。
心当たりのない琢磨が理由を問うと、中で汐里も『気付かなかった』と一言添えた。
「人ってね、自分の癖とかついつい行っちゃうことについては無頓着なものなのよ」
「癖…?」
「そ。気付いてないようだから言っておくと、しお――あぁ、本体の癖っていうのは、普段は美希のことをあだ名では世馬鹿いけど、私が『みっきー』って言った後にしおが喋る時は、決まって一回釣られるのよ」
『みっきー、みっきー……あ、言われてみれば、そうかも』
思い起こせば、確かにその通りだった。
知音が話した後で、突っ込むなり話に乗っかるなりする際、一度目は必ず『みっきー』と口にしてた。そして先、琢磨と入れ替わった後では、どうしてあそこで美希の名前を出したのかと追いかける際に『美希』と言っていた。
意味など無かった――否、その為にわざわざその場にいない人の名前を出していたのだ。
「もう一つ――って、貴方の話だと、今中にいるしおに指摘されたんじゃない?」
「えっと……あぁ。さっき、俺が『西谷先生も』と口にした時、馬鹿って言われた」
「そりゃあそうだろうね。しおに尋ねてみな?」
言われて、琢磨は汐里にどういうことかを聞いてみた。
曰く、何かにつけ自分をいやらしい目で見てくる現国の先生が嫌いで、知音含めこの二人はいつも『西谷』と呼び捨てにしているのだとか。そんなもの、今までぽろっと出していてもおかしくはなかった筈なのにと琢磨が首を傾げるや、知音は「確信が得られるまで、わざと出さないようにしてたんだよ」と言い張った。
最初から今まで、ずっと知音のいいように会話まで操作されていたとは驚きだった。
「あの日も、西谷はしおのこの素晴らしい巨乳ばっかり見てたからね。私が観察してたのは、しおは当然だけど、主には西谷の方だったんだよ」
「……完敗だ。ひとっつも誤魔化せてなかったんだな」
「親友舐めないでって話よ。十年以上の仲なんだから、それくらい分かるわよ」
「それは悪かった、俺の計算違いだった」
上手くいっていると思っていた。それは、汐里も同じだった。
しかしどうしたことだろう、汐里が知音に対して抱いていた評価は、全くの見当違いだったということか。親友でも上手くやれば誤魔化せる、そんなことは無かったのだ。
自分のことは自分よりも、自分に一番近い他人の方がよく知っているものなのだな。
一つ、大きな進歩をした二人だった。
と、それは置いておいてだ。
ここで重要になってくるのは、それを当然のように言い張って、しかし何も触れない知音自身のことだった。
「聞きたかっただけか?」
「ん? うん、聞きたかっただけ」
「何でだ? 何かしようとしないのか?」
「何かって何よ。私がそんな物騒な女に見える?」
「いや見えんが……」
「私はただ、しおの力になりたかっただけ。何か起こってるのは確かだったから、それを支えてあげたかった。それだけよ、文句ある?」
「いや、無いな」
一つもない。
たった今確認したのは、知音の汐里に対する、言葉限りではない『愛情』の惜しみなさだった。これほどまでに友人を思い、些細な変化も見逃さない良い子が、他にいようか。美希も、汐里に対してはとても友情などという言葉だけでは括れない優しさがあるが、知音のそれとはまた違うものだ。
友人は数ではない、という汐里の言葉。
なるほど。言い得て妙だ。
「それで、仲村さん。いつになったらしおは戻って来るの? 早く話したいんだけど」
「言った通り、今のところはアトランダムなんだけど――」
――キーン――
言いかけたところで、再び脳内で響く金属音。
一息に話し終えると襲って来た予想外の疲れと口渇感に、琢磨は堪らず珈琲を一口。
少しの間を置いて「ふむふむ」と頷いた知音は、やがて琢磨の目を見て言った。
「私が異変を感じたのは、その初日だね。しおがぶっ倒れた日」
「初日……?」
「うん。ずっと一緒にいる私たちへの視線の送り方が、まるで初めて会った人みたいだった」
何と。そこからバレていたとは。
言いようのない寒気を覚えた琢磨に、知音は続けて分析を披露する。
「それからずっと観察してたんだけど、たまーにそういうことがあったのね、しおも気付いてないみたいだけど」
「そうらしいな」
「二つ目、ここからが決定付けたものなんだけど。さっき、お手洗いに行ったわよね」
「行った」
「あそこで、入れ替わったんでしょ?」
全て、見透かされていた。
彼女の観察眼が鋭いことはたった今分かったところだが、よもやあの瞬間に鎌をかけられていたと言うのか。
心当たりのない琢磨が理由を問うと、中で汐里も『気付かなかった』と一言添えた。
「人ってね、自分の癖とかついつい行っちゃうことについては無頓着なものなのよ」
「癖…?」
「そ。気付いてないようだから言っておくと、しお――あぁ、本体の癖っていうのは、普段は美希のことをあだ名では世馬鹿いけど、私が『みっきー』って言った後にしおが喋る時は、決まって一回釣られるのよ」
『みっきー、みっきー……あ、言われてみれば、そうかも』
思い起こせば、確かにその通りだった。
知音が話した後で、突っ込むなり話に乗っかるなりする際、一度目は必ず『みっきー』と口にしてた。そして先、琢磨と入れ替わった後では、どうしてあそこで美希の名前を出したのかと追いかける際に『美希』と言っていた。
意味など無かった――否、その為にわざわざその場にいない人の名前を出していたのだ。
「もう一つ――って、貴方の話だと、今中にいるしおに指摘されたんじゃない?」
「えっと……あぁ。さっき、俺が『西谷先生も』と口にした時、馬鹿って言われた」
「そりゃあそうだろうね。しおに尋ねてみな?」
言われて、琢磨は汐里にどういうことかを聞いてみた。
曰く、何かにつけ自分をいやらしい目で見てくる現国の先生が嫌いで、知音含めこの二人はいつも『西谷』と呼び捨てにしているのだとか。そんなもの、今までぽろっと出していてもおかしくはなかった筈なのにと琢磨が首を傾げるや、知音は「確信が得られるまで、わざと出さないようにしてたんだよ」と言い張った。
最初から今まで、ずっと知音のいいように会話まで操作されていたとは驚きだった。
「あの日も、西谷はしおのこの素晴らしい巨乳ばっかり見てたからね。私が観察してたのは、しおは当然だけど、主には西谷の方だったんだよ」
「……完敗だ。ひとっつも誤魔化せてなかったんだな」
「親友舐めないでって話よ。十年以上の仲なんだから、それくらい分かるわよ」
「それは悪かった、俺の計算違いだった」
上手くいっていると思っていた。それは、汐里も同じだった。
しかしどうしたことだろう、汐里が知音に対して抱いていた評価は、全くの見当違いだったということか。親友でも上手くやれば誤魔化せる、そんなことは無かったのだ。
自分のことは自分よりも、自分に一番近い他人の方がよく知っているものなのだな。
一つ、大きな進歩をした二人だった。
と、それは置いておいてだ。
ここで重要になってくるのは、それを当然のように言い張って、しかし何も触れない知音自身のことだった。
「聞きたかっただけか?」
「ん? うん、聞きたかっただけ」
「何でだ? 何かしようとしないのか?」
「何かって何よ。私がそんな物騒な女に見える?」
「いや見えんが……」
「私はただ、しおの力になりたかっただけ。何か起こってるのは確かだったから、それを支えてあげたかった。それだけよ、文句ある?」
「いや、無いな」
一つもない。
たった今確認したのは、知音の汐里に対する、言葉限りではない『愛情』の惜しみなさだった。これほどまでに友人を思い、些細な変化も見逃さない良い子が、他にいようか。美希も、汐里に対してはとても友情などという言葉だけでは括れない優しさがあるが、知音のそれとはまた違うものだ。
友人は数ではない、という汐里の言葉。
なるほど。言い得て妙だ。
「それで、仲村さん。いつになったらしおは戻って来るの? 早く話したいんだけど」
「言った通り、今のところはアトランダムなんだけど――」
――キーン――
言いかけたところで、再び脳内で響く金属音。