そう言うと、母親はますます涙を流して、私の手を力強く握り返した。
 仕事も何もかも完璧なお母さんでも、こんなふうに取り乱すこと、あるんだ……。
 いつもハキハキとして明るい母親しか知らなかった私は、心の中で驚いていた。
「この前お母さん、琴音に当たったまま、何もフォローできずにいたから……。このまま二度と会えなかったら、どうしようかと思ってた……」
「お母さん……」
「ごめん。琴音……」
 お母さんも、そんなふうに悩むことがあったんだ。
 死んでいたら、こんなお母さんを知らずに人生を終えていた。
 一生分かり合えないものなのだと、諦めながら……。
 私と母親は、きっと正反対のタイプの人間で、この先も何度かぶつかりあうだろう。
 だけど、こんなふうに何か災難が起こったとき、そんないざこざを簡単にぴょんと乗り越えてしまう……それが、もしかしたら"家族"というものなのだろうか。
 "心配"に思ったら、それはもう、大切な人ということなのだろうか。
 まさか、母親の涙を見て、こんなにも切ない気持ちになるなんて、思わなかった。
 何も言葉をかけられないまま、ただただ母親の手を握っていると、看護師さんがやってきた。
「桜木琴音さん、どこか痛いところはないですか」
「あ、ないです……。大丈夫です。体は重いですけど」
「そうですか、本当によかったです。体のだるさは、少しずつ体を動かして改善していきましょうね。今先生も呼んできますから、少々お待ちくださいね」
「あ! あの、一緒に運ばれた男子生徒は……!」
「ああ、彼なら軽傷だったので、すぐに退院しましたよ。ちょうど昨日」
「え……」
 瀬名先輩、無事だったんだ。よかった……。
 私は心の底からほっとして、胸をなでおろした。
 そんな私の様子を見た母親は、「友達だったの?」と聞いてきたので、私は少し返事に困ったが、静かに答える。
「……大切な人」
「そうなの……」
 母親は少し驚いた顔をしていたが、それ以上は深く掘ってこなかった。
 退院したら、早く瀬名先輩に会いたい。
 そう思いながら、私は窓から桜を見つめた。



 無事に退院した私は、警察からたくさん事情聴取を受けた。
 犯人の顔はほとんど覚えていなかったけれど、背格好や、体格、わかることをできる限り伝えた。しかし、いっこうに犯人が見つかる気配はない。