いい思い出も、ツラい記憶も、今すぐ消えていけ。
 すべてが、真っ白になればいい。
 最初からひとりの世界にいれば、もうこれ以上傷つかなくて済む。
 だったらもう、二度と大切なものなんか作らない……。
 消防車のサイレンを聞きながら、俺は知らぬ間に涙を流しながら、自分に暗示をかけていた。

 そうだ……あれが、人生で一番辛くて、一番忘れたい一日だった。
 どうして忘れていた過去を、今さら夢に見ているんだろう。
 俺は今、十八歳で、卒業したばかりで……。
 あれ、そういえば、卒業式に俺は参加したんだっけ。
 さっきまで、誰かと一緒にいた気がするけれど、炎の映像だけが瞼に焼き付いていて、その人の顔が見えない。
 消えていく。大切な何かが、呪いの言葉に浸食されて、自分の中で黒く塗りつぶされるように消えていく。
 ついさっきまで、温かい光に包まれているような気持ちだったはずなのに。
 そんな優しい感覚が残ったまま、俺は深い深い眠りについた。



side瀬名類

 就活のために毎日ニュースを観るようになったが、朝が弱すぎてまったく頭の中に入ってこない。
 俺はコーヒーを飲みながら、ぼうっとそのニュースを眺めていた。
 大学進学とともに家を出てから、三年が経った。
 祖父に借金をしながら、今はバイトと勉強と就活に明け暮れる日々で、まったくヒマがない。
 三年前、不運な放火事件に巻き込まれたけれど、大学へ無事進学した。
 逃げようとして二階から飛び降りたが、木がクッションの役割を果たし、奇跡的にも軽症で済んだらしい。
 事件当時のことは、もともとの記憶障害のせいもあり、幸か不幸かはっきりと覚えていない。
 唯一ちゃんと覚えていることは、祖父が珍しく慌てた様子で病院に駆けつけて、『お前まで死んだかと……』と言って泣き崩れた映像だけだ。
 普段厳格な祖父が焦った様子をはじめて見た俺は、二度も火事で家族を失くす恐怖心を与えてしまったことを、少し申し訳なく感じた。
「やば、二限始まる」
 昔のこと思い出し、ぼうっとしていた頭を叩いて、俺はクローゼットからテキトーに取り出したシャツを着る。
 対して荷物の入っていないリュックを背負い、アパートを飛び出した。
 すると、ぶわっと大きな春風が吹いて、目の前を桜吹雪が舞い、一瞬視界を遮られた。