side瀬名類

 ……体が熱い。息ができない。
 ここはいったい、どこなんだ。
 さっきまで、琴音と一緒に図書室にいたはずだった。
 そうだ、倒れてきた本棚が、琴音の背後から襲って……。
 すぐさま本棚を押し上げて救出したが、琴音は強く頭を打ってしまい、そのまま気を失ってしまった。
 そんな琴音を抱えて、二階の窓から飛び降り、逃げたんだ。
 それから、どうしたんだっけ……。
 ぼんやりとした記憶の中、なぜか目の前に移る景色は、学校ではなかった。
 なんだか懐かしく、見覚えのあるリビングルームの中に、俺はいた。
 リビングから見えるキッチンには、エプロン姿の女性が何やら俯いて棒立ちしている。
 俺はダイニングテーブルの椅子に座りながら、その光景を黙って見つめていた。
 大きな火を見たせいで、走馬灯のように過去の映像が流れ込んできているのだろうか。
 それとも今本当に、生死のはざまにいるのだろうか。
 だとしたら、今キッチンに見えるのは……自分の母親だ。
 座りながらぼうっとしていると、色とりどりの完璧な料理が、自分の前に置かれてきた。
 少し離れたところにあるソファーに座ってテレビを観ていた、父親らしき人物が、料理の匂いに気づいてダイニングテーブルにやってくる。
「いただきます」も何も言わずに、父親がばくばくとその料理を食べ始めた。
 俺はひと口も食べずに、黙ってその光景を見つめている。
 何度目を凝らしても、父親と母親の顔はピントがずれたようにぼやけていて、表情が読み取れない。
『類、お腹空いてないの?』
 母親に声を掛けられたが、俺は異様な空気を感じ取って、押し黙った。
 そうこうしているうちに、父親はばくばくとおかずをたいらげていく。
 母親が落ち着いて席についたころには、父親は自分の分をほとんど平らげていた。
 そして、ごちそうさまも言わずに、ソファー席に戻って寝転がる。
『寝るから、騒いで起こすなよ』
 ようやく父親が口を開いたかと思えば、そんな注意だった。
 母親はその言葉に『分かってますよ』と返すと、料理を口に運ぶ。
『……類、シチューだけでも食べなさい』
 母親の言葉が、さっきより一段階するどくなった。
 俺は何かが怖くて、首を横に大きく振り、沈黙を貫く。
 母親は、ふぅとため息をついて、俺の口元にビーフシチューが入ったスプーンを押し付ける。