東京にいったら、もっと琴音の記憶を保つことが難しくなるかもしれない。
 大学生だし、会いに行くといっても月一が限界かもしれない。
 だけど、それでも、ずっと一緒にいたい。
 春風が吹いて、琴音の柔らかい髪の毛が再び軽やかに舞っていく。
 琴音は、俺の手を優しく取ると、ずっと作っていた何かを俺の手首にはめた。
 ……それは、勿忘草とシロツメクサで作ったブレスレットだった。
「嫌です、忘れないでください」
「え……」
「これは、忘れないためのお守りです。勿忘草にかけて作りました」
「……単純すぎて効果なさそうだな」
 呆れた顔でブレスレットを眺めながらそう返すと、琴音の肩が少しだけ震えていることに気づいた。
「でももし、もし、本当に私のことを忘れて、もう何も思い出せなくなっちゃったら、何をしても無理だったら、私は、先輩が最期に見るときの光の欠片になりたい……」
「……琴音」
「い、一瞬で……いいから……」
 あまりに強がりと切なさが入り混じったことを言うので、俺はどうしようもなく苦しい気持ちになってしまった。
 琴音の言葉には嘘がなくて、まっすぐで、だから心臓に直接届いてしまう。
 琴音と出会うまで、誰かを傷つけることなんて覚えてないくらい容易くやってきた。俺のことを恨んでいる人間もいるはずだろう。
 そんな人間なのに、どうしてお前はそんな健気に真剣に向き合ってくれるんだ。
 今何かを言ったら泣いてしまいそうだったから、強く強くブレスレットに誓った。
 忘れないでいる、できるかぎりの努力をしよう。
 未来は何も分からないけれど、琴音を泣かせたくないことだけは揺るがない事実だ。
 思わず抱き締めようとしたけれど、琴音は突然膝立ちし、俺の頭を掴んで胸の中に抱き寄せた。
 予想もしていなかった行動に、俺はあからさまに動揺してしまった。
「何してんの、びっくりすんだけど」
「……い、いつかの視聴覚室で、怖いならこうしてればいいって、瀬名先輩が教えてくれたから」
「別に今、怖がってないけど」
「練習です。これから先、先輩が未来を不安に思ってしまうことがあったら、いつでもこうしますから」
「……思い切り顔面に胸当たってんだけど、このまま有難がっといていい?」
「し、真剣に話してるんですけど……」
 琴音が茶化した俺に怒ったその瞬間、俺は何倍もの力で琴音のことを抱き締めた。