早く終わらせたくて、逃げたくて、この言葉を聞いたらこの問い詰めも終わるだろう、と予想して並べた言葉を棒読みする。
「分かった、約束ね。琴音、何かあったら母さんに言うのよ」
「うん、ありがとう」
 無理やり笑顔を貼り付けて、母親を安心させる。
 母親は、私の背中をぽんぽんとたたくと、疲れた顔をしながらドアをバタンと閉めた。
 その瞬間、緊張の糸が一気に解けて、私はそのままベッドの上にダイブした。
 目を閉じて、深く呼吸をする。肺にたくさん空気を入れて両手で耳をふさぐと、トゲトゲした心が徐々に鎮まっていく気がするのだ。
 大丈夫、大丈夫……。
 何度も自分に言い聞かせるけれど、今日はショックな出来事が重なったせいか、まだ胸がざわついてる。
 こんなとき、瀬名先輩だったらなんて言い返していたのかな。
 瀬名先輩くらい、周りの意見を恐れずに行動できたら、もっと世界は違って見えるのかな。
 ……ふと、瀬名先輩に音楽室で言われた言葉がよみがえる。
『解いてやるよ。お前の呪いなんか』、と。
 なんの根拠もないあの言葉が、あのときとても力強く聞こえたのは、なぜ。
 今思い出すと、泣きそうになっているのは、なぜ。
「瀬名先輩、本当に私のこと、忘れちゃったの……?」
 涙で震えた声が、枕の中に吸収されていく。
 呪いを、解いてよ。今、聞いてほしいよ。
 誰かにじゃなくて、瀬名先輩に聞いてほしいことが、本当はたくさんたくさんあるよ。
 答えなんかいらないよ。
 ただ、瀬名先輩に聞いてほしいだけなんだよ。
 私が気にしてるちっぽけなことなんか、全部鼻で笑い飛ばして、しょうもないなって背中を叩いてほしい。
 誰かに自分のことを聞いてほしいなんて、生まれてはじめて思ったんだ。
 それはたぶん、瀬名先輩が私の中で大切な人だから。
 大切だから、私のことを知ってほしい。
「瀬名先輩……」
 届けられない気持ちと葛藤していると、つけっぱなしだったテレビが天気予報に変わった。
 雪が降っている映像がリアルタイムで流れ、桜の開花はまだ遅れるだろう、という予想だった。
 なんとなく、部屋のカーテンをそっと開ける。
 窓の外に、蛍光灯に照らされた白い雪がちらちらと見えて、私はスマホを景色に向けた。
 そしてそのまま、雪が降っている様子を写真に収める。
 瀬名先輩も今、この雪を見ているかな。