瀬名先輩は、私のことをアーモンド型の瞳で見下ろしながら、あきらかに面白がっている。無表情だけどわかる。悪意がある人の瞳の奥は暗いんだ。
 そして、なんで私があの瀬名先輩と一緒にいるのか……というクラスメイトの視線が痛い。
「きっと恫喝にしか見えない……」
「むしろ恫喝じゃないと思ってんのか」
「えっ……」
 目をそらしながら低い声で悲鳴をあげると、瀬名先輩は真顔でぶっと吹き出した。
 なんだ……? からかっているのか、本気なのか、破滅的にコミュニケーション力が足りない私には分からない。
 不安げな顔で青ざめていると、瀬名先輩が「変なやつ」と小さな声でつぶやく。
「放課後、図書室。帰してほしけりゃ来い」
「い、嫌です……なんとなく怖いので……」
「安心しろ。望みどおりにしてやるから」
「えっ……」
 再び瀬名先輩の脅しを真に受けて顔面蒼白になると、彼は私の額をこつんと拳で軽く殴った。
 それから、「お前本当にコミュ力皆無だな」と吐き捨ててから、教室を出ていった。
 クラスメイトはザワつきながら私のことを見つめているけれど、誰も話しかけてはこない。なんとも言えない空気が漂っている。
 そもそも、状況を聞かれたとしても、私もよく分かっていないので説明なんかできない。
 私は震える手で文庫本を開き、平常心を保ちながら、なにごともなかったかのように本を読むフリをした。
 頭の中では、突然降りかかった非日常な出来事に、大パニックが起こっていた。



side瀬名類

 今日こそ、何か起きないか。
 最近は、そんなことを思いながら雪道を歩いている。
 この退屈な日常を一気に変えるような、この雪景色が一瞬に変わって見えるような、そんな出来事が起こればいい。
 俺から見る日々は平坦で、よくも悪くもなにも起こらない。それはもしかしたら、俺が大切な記憶だけ忘れてしまう、心因性記憶障害だからなのだろうか。
 もっと周りの奴らは、泣いたり笑ったり怒ったり悔しがったりして、色濃い学園生活ってやつを送っているんだろうか。
 ……いや、俺みたいに能面みたいな顔して、学校に通ってる奴は他にもいる。
 この間、偶然図書室で昼寝をしようとしたときに、見つけたんだ。
 昼休みだというのに黙々と本に向き合い続けていた女生徒……桜木琴音を。