どうして今、瀬名先輩と過ごしたすべての時間が、走馬灯のように頭の中を駆け巡るんだろう。
 ぽろっと、一粒の涙が零れ落ちた。
 その涙が自分の目から出ていることに気づいて、私は動揺した。
 村主さんは、眉をハの字にして、苦しそうな顔をしていた。
 それから、「複雑すぎじゃんね……」とつぶやいて、一度だけ私の背中をポンと叩いてくれた。
 自分でもコントロールできない感情に戸惑いながら、何度も何度も言い聞かせた。
 瀬名先輩が卒業するまであと一カ月もない。これは、それがただ早まっただけの話だ。
 だって、彼が卒業したら、私のことなんて自然に忘れていたはずだから。
 大丈夫、悲しくないよ。
 明日から、いつもの日々に、元どおりになるだけ。



 ツラいことがあると、いつも頭の中にばあちゃんを思い浮かべる。
 頭の中にいるばあちゃんは、優しい笑顔で、腰が丸くて、背が小さい。
 両親のケンカを聞くことが辛くて自分の部屋から出ると、ばあちゃんはいつもおやつを食べようと誘ってくれた。
 栗羊羹、麩菓子、べっこう飴、焼きりんごにさつまいもバター……。
 ばあちゃんがくれるおやつは、正直どれも子供が好きそうなものではなかったけれど、私はその素朴な味にほっとしていたんだ。
 ばあちゃんと一緒の空間は、私にとって絶対的な安全領域だった。
 ……今日、涙を流したのは、ばあちゃんが死んだとき以来のことだった。
 瀬名先輩は死んだわけではないけれど、実質瀬名先輩の心の中から私は消えた。
 大切な人を失うことが、この世で一番ツラいことだって、ばあちゃんを失ったときに知ったのに。
 だから、人とかかわることを避けてきたのに。
 こんなにツラいなら、あのとき、ノートなんかどうでもいいと啖呵を切って、瀬名先輩とかかわることを選ばなければよかったな。

「琴音、今部屋入って大丈夫……?」
「うん、いいよ」
 ばあちゃんの写真を見ながら浸っていると、コンコンというノック音が部屋の中に響いた。
 私の顔色を伺って部屋の中に入ってきた母親は、少し疲れた顔をしている。
 ワンレンのボブの髪の毛には、白髪が何本か混じっていて、目の下にはくまができていた。
 ずっと働き詰めの母親は、自分のことに割く時間がほとんどないのだろう。