そう言ったが、桜木は顔面蒼白のまま両耳を手で塞いでる。
 俺の声はまったく届いていないらしい。
 何かを呟いているようなので、よく耳を傾けると、「ごめんなさい……」という言葉が聞き取れた。
 そんなか細い声をかき消すように、女子高生は騒ぎ立てる。
「マジで類君、桜木と付き合ってるの!? え、超ショックなんだけど……」
「あはは、綾香落ち着きなって」
 ふたりの声は、もはやただの雑音だ。
 震えている桜木を見ていたら、言葉では言い表せないほどの怒りが、この女子高生ふたりに対して湧いてきた。
 もし今、この彼女たちのせいで、桜木の中にある言葉の呪いがいくつも蘇ってしまったのだとしたら……。
「桜木、帰ろう」
 もう一度言うが、彼女は固まったまま動かない。……動けない。
 いっさい、俺に助けを求めようともしない。
 ただただひとりで、時が過ぎるのを耐えている。
 そんな姿を見たら、喉の奥の奥がきゅっと苦しくなった。
「桜木……」
 なあ、桜木。お前今まで、傷つくたびに、そんなふうに耳をふさいで耐えてきたのかよ。
 誰かが傷つくことに人一倍敏感なのは、自分も共感して傷ついてしまうほどの経験があるからなのかよ。
 俺は、簡単に傷つけてきた側の人間だから、桜木の世界を何も知らない。何も分かっていない。
 ……でも、それなのに、こうして彼女のために怒りが込み上げたりしてるんだ。
 本当、笑えるよ。
 自分の中に、こんな感情があったなんて。
 人の痛みなんて、分かりっこないって思っていたのに。
 知りたいって、思うんだよ。
 両耳をふさいで、ひとりで過去と戦っている桜木の世界に、入りたいって、思うんだよ。
「琴音」
 名前を呼ぶと、一瞬あたりがしんと静まり返った。
 ようやく俺の声が届いたらしい桜木は、怯えたままの目で俺の顔を見つめている。
 俺は女子高生ふたりを退けて、桜木の目の前まで近づく。
 そして、椅子にかけていた自分のダッフルコートを、彼女の頭からバサッとかけた。
 視界を遮られた彼女は、戸惑った瞳で、俺のことを見あげる。
「……何も聞かなくていい。何も、見なくていい」
 そう言うと、一瞬だけ桜木の瞳が揺れて、今にも涙が零れ落ちそうになった。