ここは一応進学校だけど、瀬名先輩は、校内でもひときわ派手で権力の強い人たちに囲まれていた気がする。
「どうしよう……」
 いつのまにか雪は雨に変わっていて、降り積もることなく水になっていく。
 鎖骨下あたりまで伸びている自分の髪の毛が、芯まで冷えていた。
 窓から見上げた空は暗くて、ひとつも星は見えなかった。



 その日、私はとてつもなく焦っていた。
 もし自分が下着を履かずに登校してきたことに気づいたら、衝撃でその場から動けなくなるだろう。
 私にとってそのくらい『ないと困るもの』をどこかに置いてきてしまった。
 それは、クラスメイトのプロフィールや、その日感じたことを細かく記した、ポエムみたいな痛い日記帳だった。
「終わった……」
 騒がしい朝の教室で、私は誰にも聞き取れないくらいの声のトーンで独り言をつぶやく。
 もしあれを誰かに見られたら、生徒のデータ分析をしてる危険人物とみなされ、皆に不安な気持ちを与えさせてしまうに決まっている。
 どこだ。いったいどこであの日記帳を失くしたのだ……。
 焦りながら、自分の机の中やロッカーの中をくまなく探していると、ふと教室の空気が変わったのを感じとった。
 なんだか昨日と同じようなパターンで、嫌な気配が漂っている気がする。
 誰かが私の机の前に立ち止まって、目の前に必死で探していたブルーの日記帳が現れた。
「桜木琴音(コトネ)って書いてあるけど、これ、お前の?」
「あ……!」
 瞬時に奪い取ろうとしたが、彼ーー瀬名先輩は、すぐさま日記帳を天高く移動させて、私の焦った顔を見てから「やっぱりお前のなんだ」とつぶやいた。
 私の頭の中に、昨日カバンをひっくり返して飛び出た荷物を慌ててかき集めている自分の映像が浮かんだ。
 そうか、あのとき慌てて落としてしまったんだ……。
 よりによって、瀬名先輩に拾われてしまうなんて……。
 でも待て、落ち着け私。まだ中身を見られたわけではない。
 しかし、そんな期待はすぐに打ち砕かれた。
「お前なんでこんな記録つけてんの? 生徒の個人データ売ろうとしてんのか。あとたまに挟まるポエムも怖い」
「最悪だ……死にたい」
 まずい、息をはくように心の声が出てしまった。私は慌てて口を片手で押さえて、隙をついてポエムを無理やり奪い返そうとしたがまたも失敗に終わった。