気づいたら、卒業まであと三週間だったことに気づいた。
 この高校になんの未練もないせいで、とくに意識したことはなかったが、今は桜木の顔が思い浮かんでしまう。
 春が近づいているというのに、ちっとも温かくならない。
 俺はダッフルコートのボタンを閉めて、自転車置場で空を見あげる。
 吐いた息が真っ白な空に消えていく様子を眺めながら、桜木が来るのを待っていた。
 すると、ふと人の気配を感じて、俺は目線を下げた。
「瀬名先輩、今日のリハビリはどこか外に出かけるんですか」
 水色のマフラーに顔を埋めた桜木が、自転車を運びながら近づいてくる。
 俺も自転車を倉庫から出して、校門へと向かっていくと、桜木は何も言わずにそんな俺の後をついてくる。
 記憶のリハビリなんか、本当はもうどうでもよくなってる。
 どうせこの記憶障害は治らないし、忘れるときは跡形もなく忘れてしまうんだろう。
 それよりも今、桜木と何をするのかということ自体が、少しずつ自分の中で大切なような気がしてきたのだ。
「お前、なんか食べたいものとかねぇーの?」
「え、急に言われましても…」
「捻りだせ。今日はお前が企画者だ」
 俺の横暴すぎる要望に、桜木がうしろで困り果てていることが背中で伝わってくる。
 自転車にまたがって振り返ると、桜木は一言つぶやいた。
「駅前の喫茶店にあるパフェ。苺のやつ……」
「お前俺が甘いの嫌いなの知ってて言ってんのか」
「あっ、そうでしたすみません……」
 俺の言葉にあきらかに落ち込む桜木がおもしろいので、もう少し見ていたかったが、ここで立ち話をするには寒すぎるので止めた。
「店の名前何?」
「えっと、たしかボンボンカフェです……」
「了解」
 そう言って、俺は自転車を漕ぎだした。桜木は戸惑った様子で俺の跡をついてくる。
 頬をかすめる風は冷たくて、耳は千切れそうなほど寒い。
 こんな寒い日にパフェを食べたくなるなんて頭がおかしいとしか思えないが、場所なんてどこでもよかった。
 過ぎていく街の景色や、今にも雪が降りだしそうな空、桜木の水色のマフラーが風に舞う光景と、桃のように赤くなった頬。
 そのすべてが、脳に焼き付けられたらいいのに。
 そんなことを思いながら漕いでいると、駅にたどり着いた。