羞恥心を紛らすために放った俺の一言に、桜木は怯え切っていたが、秒で玉砕した俺に村主は爆笑していた。
 桜木にとって行きたい場所っていうのは、誰かと行きたい場所ということではないのかもしれない。
 思っているより、きっと桜木を囲む壁は厚い。
 ひとしきり笑い終えた村主は、前から疑問に思っていたのか、ストレートすぎる疑問を桜木にぶつけた。
「いいキャラしてるのに、なんで桜木はそうやって自分隠してんの?」
 村主の問いかけはいつもストレートすぎる。
 桜木の反応が心配になったけれど、彼女はいたって普通な態度だった。
「それは、もう誰も傷つけたくないから……」
「何それ。イジメられてたんなら、アンタが傷つけられてたんじゃないの?」
「そうなんだけど……えっと」
 珍しく、困ったように言葉を濁すので、俺は村主に「追い詰めんな」と言って制した。
 村主は眉をハの字にして、どういうことかと桜木の言葉の真意を理解できないでいた。俺にも本当の理由は分からない。
 ……前から思っていたけれど、桜木が村主のことを庇ったあの日、あらためて疑問に思ったことがある。
 あんなふうに、誰かが傷つけられることを思って行動できるのに、どうして桜木は独りでいることを選んだんだろか。
 本当にそれを望んでいるならいいけど、もし本心はそうじゃなかったら、桜木を縛っているものはいったいなんなんだ。
 そんなことを思っていると、昼休憩が終わる時間になり、生徒が教室を移動し始めた。
「桜木、一緒に戻るか」
「うん。あ、村主さん、あの、音楽室のときの、あの、瀬名先輩とのことは……」
 何やら桜木が気まずそうに言葉を濁している。
 もしかして、俺に強引に抱き寄せられた場面を村主に見られたことを気にしているのだろうか。桜木は、ずっと言うタイミングを見計らっていたかのようだ。
 村主はそれを察知したのか、桜木の背中をバシッと強くたたく。
「もう脈ゼロって分かったから、今の彼氏ひとりに絞っていくことに決めたからいいんだよ」
「そうなの……?」
「応援してる」
 そう言って、本当に心の底から笑った村主に、桜木はほっとして笑みをこぼしていた。
 そんな桜木を見ながら、村主が何を「応援」しようとしているのか、ちゃんと分かっているのか、俺は不安になりながらふたりの背中を見送ったのだった。