幸い、女生徒は気持ちが昂っていたせいか、こちらにまったく気づくことなく昇降口から出て、自転車置き場に向かっていく。
 チラッと見えた彼女は、長い茶髪に短いスカート姿で、その横顔は泣いているように見えた。たしか、あの子は同じ学年で隣のクラスの子だ。
「これが失恋……」
 しまった。ひとりでいる時間が長すぎたせいで独り言が増えてしまった。
 私はスノコの上で体育座りをしながら、自分の口を片手でふさぐ。
 ふわふわと舞い降りる淡雪の中に、彼女のうしろ姿が消えていくのを見つめながら、私は瀬名先輩が帰るのを待つことにした。
「なに盗み聞きしてんの、エッチ」
「えっ……」
 座っているスノコが軋んで、黒い影が覆いかぶさってきたときにはもう遅かった。
 無表情な瀬名先輩が、私の顔をじっと見つめて反応をうかがっていた。
 無造作にセットされたアッシュ系の黒髪に、色素の薄い茶色い瞳。そして、透き通るような白い肌。
 ブレザーの上には、高そうなダークグレーのダッフルコートを羽織っている。
 長めの前髪から見え隠れする目つきは冷ややかで、顔立ちが整いすぎているせいか人形みたいに生気がない。
「……お前、二年生?」
「はい、す……、すみません」
 親と教師とコンビニ店員以外の人に、久々に話しかけられている。
 緊張で頭の中が空っぽになってしまった私は、目を丸くしながら固まっていたけれど、すぐに正気を取り戻して慌てて立ちあがる。
「ご、ごめんなさい。ここでバス待ってて、決して覗き見したり聞き耳を立てていたわけでは……あ!」
 気が動転していたせいか、カバンの中身がバサバサと音を立てて漏れ出てしまった。
 ハンカチや小説、ノートが散らばり、私は慌ててそれを掻き集める。
 耳まで熱を持って赤くなっているのが、鏡を見なくたってわかる。
「ひ、久々の人間との対話で、完全に動揺してしまった……」
「それ独り言?」
「独り言です。すみません、さようなら。失礼します」
 幸いなことに、ちょうど遅延していたバスが校門から入ってくるのが見えた。
 私はローファーを素早く履いて、瀬名先輩の顔も見ずに校舎から飛び出す。
 心臓が信じられないスピードで拍動している。もし顔を覚えられていて、明日からイジメられたらどうしよう。