……あのとき、アイツは悲しそうな顔をしていた。
 俺が不用意に人を傷つけたりしたら、たぶんアイツは怒るだろう。俺のことを嫌いになるだろう。
 そう思うと、もっともっと胸が痛くなって、瞬間的に自分の言葉を訂正していた。
 村主が、あまりにも嬉しそうな顔をしたから。
 今までの俺だったら、そんな笑顔がいつか壊れようとも、どうとも思っていなかったはずなのに。
「瀬名先輩のバカ! 私のぬか喜び返せ! もう、暴れてやる」
 村主は怒りながらそう叫ぶと、友人の膝の上にダイブして犬のように転がって大暴れした。

 誰かが失恋ソングを歌い始めて、村主を巻き込み騒ぎ始める。
 下手糞なタンバリンの音が鼓膜を刺激し、チープなミュージックビデオが流れ続ける。
 このまますべて忘れられそうなほどの喧騒に包まれていたのに、映像の中に遊園地が出てきて、ただそれだけで心臓がぎゅっと苦しくなった。
 雪の中、俺を待ってくれていたアイツの姿が、ろうそくの火のように胸の中で灯っていた。




『今日は三階の視聴覚室集合』とメッセージを送った。
 遊園地での大遅刻をきっかけに、今さら桜木とメッセージアプリのIDを共有した。
 桜木は数分経ってから怯えた様子のくまのスタンプを返してきて、そのスタンプがあまりに彼女に似ていて少し笑った。
 ホームルームが終わったと同時に、俺はカバンに少ない荷物を詰め込んで立ちあがる。
 すると、そのタイミングでスマホがポケットの中で震えた。……村主からだった。
『瀬名先輩、今日もカラオケ行こう』。
 俺は片手で『今日は無理』とサクッと返してから視聴覚室へと向かう。
 村主たちと会うのは、桜木と会ったあとの夜でもいい。
 桜木の存在が大きくなり過ぎないように、掻き消すためだけに会えればいい。
 こんなの、ただ記憶を繋げるためだけに、村主たちを利用しているだけだって、分かっている。
 教師にバレないように、普段から人気の少ない視聴覚室に入ると、真っ黒いカーテンが教室全体を覆っていた。
 ドアの小窓も小さなカーテンで覆われているため、外からも中の様子は見えない。
 俺は足元をスマホのライトで照らしながら中へ進むと、女性の足が急に目の前に現れた。
 一瞬びっくりしたが、俺はゆっくりその足を辿って光を上に向けていく。
「マジで幽霊かと思ったわ……」
「電気の場所分からなくて」