「じゃあ私と付き合わなくていいから、一生誰とも付き合わないで! 誰のことも好きにならないでね?」
 村主の言葉に、岡部が失笑気味に「出たよ村主のメンヘラ」とつぶやいた。
 周りの連中も笑いながらその様子を見て茶々を入れてくる。
 どうしてこいつは、当たり前のように人に好きだと言えるんだろう。
 そして、自分のことを好きだと言って欲しがるのだろう。
 村主が本気で俺を好きじゃないことも、ほかに男が何人もいることもとっくに知っているし、そこに関してなんの感情もない。
 でも今の俺には、『桜木のことを考えすぎない』ための“雑音”が必要だ。
「……え、瀬名先輩、じっと見つめてどうしたの?」
 村主の顔を見つめながらそんなことを考えていると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
 ……俺には、この無意味な感情だらけの人間と一緒にいるほうが、性に合っている。
 祖父が言う、『人と違うからどんな人間と付き合っていくのか、ちゃんと見極めろ』という忠告の意味は、俺だって十分分かってるんだ。
 桜木は些細なことで傷つくことができる人間だ。だから、俺みたいな人間が近づきすぎて壊したらいけない。
 村主のように、一時の感情に左右されている人間との付き合いの方が、ずっとずっと気が楽だ。
「村主、俺と付き合う?」
「……え!? なに、嘘だ!」
「嘘だけど」
「はー!? なにそれ!」
 村主は目を丸くして驚き飛び跳ねてから、俺の「嘘だけど」というたった言葉で怒りを爆発させた。こんなにも感情の起伏が激しい瞬間をはじめて見た。
 岡部はそんな村主を見て手を叩いて笑っている。
「類、これ以上村主のメンヘラこじらせさせないでよー」
 騒ぎを聞きつけて菅原もそばにやってきたが、村主は俺への怒りをなぜか菅原にぶつけてタックルしていた。
 俺は無表情のまま、なぜあんなことを口走って、すぐに訂正してのか分からないでいた。
 ……本当に付き合ってもいいかと思って、気づいたら投げやり的に言葉が出ていたのだ。
 桜木に惑わされている自分が嫌で、面倒で、村主と付き合ったらこの気持ちがまぎれると思ったのだ。村主を利用したら、あの苦しい痛みを、忘れられると思ったのだ。
 だけど……、なぜか桜木の怒った顔が頭に浮かんで、いつか言われたセリフが降ってきたんだ。
『……瀬名先輩、村主さんの痛みは感じ取れないんですか』