村主さんの大きな目には、“なんでこんな地味女と一緒にいんの”という怒りが宿っているように見える。
「ねぇ、なんで桜木なんかと仲よくしてんの? 頭どっかで打った?」
「お前に関係ねぇだろ」
「なに、桜木みたいなのがタイプなわけ? 地味専? ありえな」
 村主さんの言葉を無視し続けて、瀬名先輩は彼女の肩を押しのけて階段を降りていく。
 私の腕もがっちり掴まれているため、私も強引に彼女の前を通り過ぎるほかなかった。
 あまりに瀬名先輩の態度が冷たいので、私は思わず彼女の方を振り返ってしまう。
 すると、村主さんは少し泣きそうな顔をしていた。
 それから、駄々っ子みたいな声で吐き捨てる。
「瀬名先輩っ、私が告ったこと、普通に流してんなよ!」
 ちくりと、彼女の痛みの欠片が、自分の胸にも刺さった気がした。
 それくらい、切実な顔をしていたのだ。
 好きだと伝えることが、どんなに勇気がいることか、私には分からない。
 でもきっと、震えるほどの勇気が必要なのだろう。
 どうしてそれを、瀬名先輩はこんなにも無視できてしまうのだろう。
 ……きっとこの人は、優しいけど、優しくない。圧倒的に、何かが欠落している。
 自分中心でしか、きっと世界がまわっていない。
 彼の背中を見ながら、私はさきほど頬に感じた痛みを思い出していた。
「……瀬名先輩、村主さんの痛みは感じ取れないんですか」
 思わず問いかけると、彼は振り返りもせずにこう答える。
「俺は俺のこと好きって言うやつが、大嫌いなんだよ」
 それが先輩の、シンプルな答えだった。
 自分のことを好きな人が嫌いなのは、自分のことが嫌いだからだということを、私は十分知っていた。
 自分と同じように脆い部分を見て、私の心は彼への興味を増していく。

 鼻をすする音が、遠く上のほうでかすかに聞こえて、私は思わず顔を上げた。
 瀬名先輩は、傷つけることも傷つくことも怖くない人。
 そして私は、そのどちらも怖い人間だ。
 どちらが正しいかなんて、そんなの誰にも決められやしないだろう。