きれいな涙が頬を伝っていて、胸が千切れそうなほど切なくなる。
 私は、彼の涙を指で拭いながら、ぽつりと弱弱しい声でつぶやいた。
「"忘れた"ことは"大切だから"だって、信じてほしいって、瀬名先輩が言ったから……」
「琴音……」
「だから、私、これから何度忘れられても、その言葉を信じて、そばにいてもいいですか……っ」
 そう問いかけると、瀬名先輩は何も言わずにまた一粒涙をこぼす。
 そして、今度は恥ずかしそうに俯いて、瀬名先輩は自分の涙を乱暴に指で拭い、苦しそうな声を出す。
「なんでだよ……、お前、なんでそんな……俺のこと信じてくれんの」
 両手に顔をうずめながら、瀬名先輩はそんな問いかけを返してきた。
 私は、瀬名先輩の手を握りしめながら、彼の言葉を待つ。
「そんなこと言われたら、俺も本音言うしかなくなるだろ……」
「……私は、瀬名先輩の"本当"しか聞きたくないです」
 まっすぐにそう言うと、瀬名先輩は顔をゆっくりあげて、私の瞳を真剣にじっと見つめた。
 そして、片腕を肩に置かれて、そのまま乱暴に瀬名先輩の胸の中に引き寄せられる。
 耳のすぐ横に瀬名先輩の唇があって、私は彼の本音を耳元で聞いた。
「……ずっと一緒にいたい。それしかない」
 そう言われた瞬間、私は彼の腕の中で大きく頷いた。
 私もだ。それしかない。答えは一択だ。
 この先、どんな試練がやってくるのか、私には分からない。
 考えが甘いことや、気持ちだけじゃ乗り越えられないことが、この先たくさんあるんだろう。
 でも、それでも、一緒にいたいと思える人に、私は出会えた。
 何もなかった私が、そんな人に出会えた。どんな財産だろう。計り知れない。
「琴音が、大切だ。……もう、何があっても手離したくない」
 そう囁かれ、彼の顔がゆっくりと移動し、唇が優しく触れた。
 花びらに触れられたような、そんな優しいキスだった。
 そのキスで、いとも簡単に、抑えていた三年間分の感情があふれでてしまった。
 感情をコントロールできないまま、私は瀬名先輩に質問攻めをする。
「瀬名先輩、出会ったときのこと、覚えてくれてるんですか……?」
「思い出したよ。変なノート書いてたし」
「図書室で何食べたかも……?」
「マシュマロ、甘すぎだろ。毎日食ったら虫歯になんぞ」
「遊園地、本当に寒かったんですけど」
「待たせてごめん。ほんとに」