もう二度と、優しく名前で呼ばれることなんてないと思っていた。
 もう二度と、こんなふうに体温を分かち合うことなんかできないと思っていた。
 もう二度と……、自分が知っている瀬名先輩には会えないと思っていた。
 こんな奇跡があっていいのだろうか。
 ねぇ、先輩。また、先輩を抱き締めてもいいんですか。
 私は、おそるおそる瀬名先輩の腕に手をまわして、ぎゅっと抱き締めた。
 すると、瀬名先輩は私を抱きしめる力をもっと強める。
 そして、ぽつぽつと胸の内を語り始めた。
「ごめん。きっと、たくさんお前を傷つけた」
「え……」
「本当は、何ひとつ忘れたくなかった……っ」
「瀬名先輩……」
「だけど、あの図書室での火を見た瞬間、自分の過去に飲み込まれて、勝てなかった……」
 そうだ、今思い出しても体が震えるようなあの日の惨事。
 燃え盛る火を見つめながら、瀬名先輩は完全に硬直していた。
 火のトラウマはないと思っていたけれど、瀬名先輩の体がしっかり古傷を覚えていて、彼を動かなくさせたのだろうか。
 思い出したくない映像。だけど、あの瞬間、瀬名先輩は過去の自分のトラウマと直面していたんだ……。
 先輩は、何ひとつ悪くないのに。
 何ひとつ謝ることなんてないのに。
 私は上手な慰めの言葉も思い付かないまま、今にも壊れてしまいそうな瀬名先輩の体を強く強く抱き締めた。
「でも、やっと会えた……っ」
 先輩の心からの叫びに、胸がいっぱいになっていく。
 ……また会えてうれしいです、今もずっと好きです、瀬名先輩ともう一度会うために、ずっとずっと勉強してきました……なんて、伝えたいことがたくさんある。
 瀬名先輩と会えなかったこの三年間、一度だって先輩のことを忘れることはなかった。
 だって、瀬名先輩が、教えてくれたんだよ。
 "独り"じゃないことの心強さを。
 誰かを好きになることの尊さを。
 あのときの私はまだ十七歳で、何も分かっていない子供で、世界の広さも何も知らなかったけれど、今もそうなんだけれど、でも、瀬名先輩そのものが、生きる意味になったんだ。本当だよ。嘘じゃないよ。大袈裟でもなんでもないよ。
 きみを想う気持ちは、全部"本当"しかないよ。
 それをどうしたら、今きみに全部伝えられるだろうか。
 私は瀬名先輩の胸に手を置いて、少し離れて、瀬名先輩の顔を見つめる。