「よかった……事故に遭ったって聞いたから、どれだけの大事故かと……」
「あ……、お見舞いに来てくれた方ですか? すみません、ただのかすり傷程度で済んだので全然……母が大袈裟で」
「そうか……」
 軽症で済んでいたという事実に、笑ってしまうほど安心した。
 本当に、もう二度と会えなくなってしまうかと思った。
 なんだ……。よかった。本当に、よかった。
 何度も胸の中で「よかった」という言葉を繰り返す。それ以外の言葉が出てこない。
「あの、今、中入っていただいて大丈夫ですよ……?」
 黙ったまま外に立っている俺を不審に思ったのか、琴音が中に入るよう声をかけてくれた。
 でも、今カーテンを開けて、俺だと分かったら、琴音はいったいどんな顔をするだろう。
 怖くて、薄い布一枚めくることができない。
 今すぐ抱き締めたいほどの感情なのに、どうして。ここまできたのに、本当に足が動かない。
 琴音から拒否されるかもしれない恐怖に、俺はその場に固まってしまった。
 情けなさすぎて自分に絶望していると、琴音が勝手に何かを思いついたのか、ひとりで話し始めた。
「あ! 分かった、柳田(ヤナギタ)先生ですか? 名前で呼ばれたから驚きましたけど……え、まさか大学から来てくれたんですか?」
 琴音は俺のことを大学の教授と勘違いしているのか、勝手に話を進めていく。
「ちゃんと臨床心理学の課題、期限までに提出しますから、安心してください」
 琴音は、心理系の学科に進んだのだろうか。
 人の痛みに敏感な琴音なら、心理学を学びたいと思う気持ちにも納得がいく。
 記憶がない間に、琴音がずいぶん前に進んでいたように感じて、俺はますます今彼女に会うことが怖くなってしまった。
 今、ちゃんと未来に向かっている彼女の前に、俺なんかが現れて、いいのだろうか。
 もしかしたらもう、思い出したくない思い出に変わっているかもしれない。
 琴音も自分と同じだけ時を重ねて、俺の知らない経験をいっぱいしてきたはずだ。
 今、俺のせいで彼女の気持ちを再び乱してしまったら……。
 そう思うと、彼女の無事を確認できた今、去るべきなのかもしれない。
「前にも話しましたけど、私、たくさん勉強して、会いたい人がいるんです」
 一歩後ずさったそのとき、琴音の凛とした声が俺の足の動きを止めた。