というか、この女の子も、瀬名先輩の記憶障害のことにそんなふうにあっさり触れていいのだろうか。
 私はマフラーに顔を埋めながら、誰にも見られない空気と化して図書室へと連れ去られた。

 冷え切った図書室は、古紙独特の酸っぱいにおいが充満している。
 整然と並んだ本棚を抜けると、古い長テーブルが置かれていて、図書委員が座る席には誰もいない。
 大学受験をする生徒がほとんどの高校なら、図書室は受験生でいっぱいのはずだ。けれど生徒たちの多くは予備校通いで、塾がないときは高校の近くにできた、市が運営している新しく大きな図書館に通っているので、ここは閑散としている。さらに、自習室は校内に別途あるので余計にこの場所の価値が低いのだ。
 それを受けて、図書委員の制度自体もなくなり、皆ここを使うときは自分で記録を取って本を自由に借りている。
 つまり、無人のここは本好きな私のオアシスだったのだ。
「寒い?」
「え、はい……」
 オアシスを奪われたような気持ちになり、眉間に思わずしわを寄せていると、寒がってると勘違いしたのか瀬名先輩がいきなり問いかけてきた。
 教室は全室エアコン完備なのに、ここだけ壊れていて効かないのだ。誰も来ないから、という理由で直されず、そのせいでさらに生徒がこの場所に寄り付かない。
 瀬名先輩は、私がいつも使っている、小山先生に支給された古い石油ストーブに近づいた。
 芯にチャッカマンで火をつけなければいけないタイプで、瀬名先輩はゲージを開けてチャッカマンを点火する。しかし、運悪く火が切れてしまっていて、カチカチと虚しく音が鳴るばかりで火がつかない。
「だるいな」
 瀬名先輩が舌打ちし、信じられないほど冷たい最悪の空気が流れる。
「新しいの、職員室にもらいにいかないとですね……」
「あ、あるわ、火」
 膝をかかえて隣で気まずそうにしていると、なにかを思い出した瀬名先輩はブレザーのポケットからひょいとライターを取り出して、サッと火を灯した。
 点火ボタンを押して、ビーッというブザー音が鳴り響き、ぶわっと火が大きくなっていく。
 温熱がじんわり広がって、一気に幸福度が高まってきた。そして、両手を温めながら少し間を置いてたずねる。
「あの、なんでライター持ってるか、一応突っ込んだほうがいいですか?」
「焚火用。寒いから」
「ああ、焚火……!」