俺は改札から走って、駅近にあるその病院へと向かっていく。
 部屋番号をメッセージで村主から聞いていたので、俺は受付に向かい名簿に名前を記入して、面会カードを受け取った。
 病院についた途端、一気に心拍数が上昇して、いろんな"最悪の予想"が頭の中を駆け巡ってしまう。
 どれほど重症なのか、どんな事故だったのか、今琴音はどんな状態なのか。
 村主も詳細はまだ知らないようだった。
 分からないほうが、こういうとき余計に怖い。
 ドクンドクンと脈打つ心臓。一歩一歩、歩いているはずなのに、足の感覚がまるでない。
 お願いだ。無事でいてくれ。
 俺の、全部の運を使っていいから。
 この先、たとえどれだけ悲しいことがあっても、琴音を失うこと以上に悲しいことはない。
 ……だから、神様。
 自分の寿命が分け与えられるものなら、どれだけでも使ってほしい。
 俺の全部の運を使って、琴音を助けてください。
 そう強く願って、俺は琴音がいる病室の目の前にやってきた。
 呼吸を整えて、最後の願いをささげて、俺はドアノブに手をかけて部屋を開ける。
 真っ白な病室はカーテンで四つに区切られていて、ひとつのベッドを除いては患者さんはどこか検査やリハビリに出かけているようだった。
 締め切られたカーテンの向こうに、人影がぼんやりと見える。
 プレートには『桜木』と書かれていいて、今目の前に琴音がいることを確信した俺は、意を決して、カーテン越しに名前を読んだ。
「……琴音」
 信じられないほど、情けないほど、声が震えている。
 今までずっと、空っぽな自分から奪われるものなんて、何もないと思っていた。
 だけど、今は違う。琴音は……琴音だけは、誰にも奪われたくない。
 たとえそれが神様でも、奪われたくない。
 ぎゅっと目をつむって返事を待っていると、戸惑ったような声が返ってきた。
「え……? どなたですか」
 久々に聞いた琴音の声に、心が乱れて、苦しくなって、それだけで涙が溢れそうになった。
 俺は名前も名乗らずに、ひとまず琴音が無事だった事実に、膝から崩れ落ちそうなほど安堵した。
 よかった……。よかった、生きてる。
 もう一度、琴音に会えたんだ。
 さっきまで不安で破裂しそうだった心臓が、徐々に正常な動きになっていく。
 極度の緊張状態から少しずつ解放され、思わずひとり言が漏れてしまった。