「教えてほしい。お願いだ。もう、何も動かずに、抗えない運命をただ見守るだけの自分は、殺したいんだ……」
 そんな呪いは、もう、解きたい。今、ここで断ち切りたい。
 あの日、大きくなっていく火をただ見つめていた自分を、もう消し去りたい。
 会いたいから会いにいく。
 大切だから大切にする。
 ただそれだけのことを、何度忘れても、命を懸けても、今、貫き通したい。
 何があっても、もう一度会いたい。
『瀬名先輩、今東京にいるんでしょ? 遠いよ……。地元に帰ってるときに、交通事故に巻き込まれたらしくて……森本病院だって、琴音のお母さんから聞いて……』
「すぐに行く」
『え……、本気? 瀬名先輩……』
「村主、ありがとう」
 お礼を伝えると、俺はすぐにスマホを切って、一階に駆け下りた。
 置きっぱなしにしていたカバンを肩にかけて、すぐに玄関に向かい靴を履く。
「そんなに焦って、どこか出かけるのか」
「……行ってくる」
 祖父の言葉にそれだけ返すと、俺は庭であるものを摘んでから、走って駅へと向かった。
 春風が吹いて、ちらちらと桜の花びらが視界を遮る。
 でももう、そんなこといっさい気にならない。
 ――琴音に会いに行く。一分一秒でも早く、会いに行く。
 ただ、それだけの気持ちをもって、無我夢中で足を動かす。
 タイミングよく来た電車に飛び乗って、俺は森本病院を無心で目指した。
 電車に乗っている間、ひと駅の間隔がとてつもなく長く感じる。
 焦る気持ちをなんとか抑え込もうとしたが、握りしめたトートバッグの紐がしわくちゃになっていてた。
 誰かのためにこんなに必死になることが、生まれてはじめてだった。
 ……窓の景色を見ながら、出会った日のことを、思い出している。
『俺にも、覚えておきたいって思う記憶、つくってよ』という、俺の気まぐれな発言で始まった関係。
 飽きたらすぐに止めようと思っていた。琴音を選んだことも、本当にただの偶然で。
 だけど、覚えておきたいと思う思い出や感情を、いったいどれほど琴音からもらっただろうか。
 過去の自分が、最後に投稿していた文章が、今、自分の気持ちを的確に表している。
 "何ひとつ忘れたくない"。
 ただ、それだけだ。琴音と過ごした日々で、忘れてもいい日なんか一度もない。
 そんなことを思い出していると、ようやく病院がある最寄駅にたどり着いた。