俯いて本を読んでるだけじゃ、分からないことだらけだった。
「瀬名先輩……っ」
 昇降口にたどり着いた私は、下駄箱前のすのこに座りながら、再びさっきのアカウントをゆっくり開いた。
 一番上の紹介文には、短文で『卒業までの記憶のリハビリ。忘れないためのメモ』とシンプルに書かれている。
 スクロールする手が震えている。
 今、ここに、瀬名先輩と過ごしたたしかな思い出が、あるんだ。
 ひとつ目の投稿は、『視聴覚室、映画鑑賞。怖がりすぎなアイツ』という、そっけない短文だった。
 ああ、そうだ。瀬名先輩と、視聴覚室で大嫌いなホラー映画を観たんだった。
 苦手だって言ってるのに止めてくれなくて、でも、怖がっている私を優しく抱きしめてくれた。
 怖がっている私の俯いている写真は、すごく暗くてぶれていて、ちっとも上手く撮れていない。
 だけど、あのときの瀬名先輩の優しい体温が蘇ってくる。
 SNSには、その日起きたことだけでなく、過去のことも遡ってメモされていた。
『なぜか図書室でマシュマロを焼いて食べた』
『屋上から飛行機も飛ばした。アイツは下手くそ過ぎた』
『村主の痛みは感じ取れないのかと、怒られた』
 そうだ。図書室のストーブでマシュマロを焼いて、進路に迷っていた私ごと吹き飛ばすように、屋上から思い切り紙飛行機を飛ばしたんだ。
 生意気に瀬名先輩に意見して……、だけど、瀬名先輩は何か感じ取ってくれていたのかな。
 私の知らない瀬名先輩が次々と出てきて、スマホから目が離せない。
 なのに、涙で目の前が霞んで読みづらい。
『今日、アイツの顔を一瞬忘れていた。俺は最悪だ』
『久々に弾いたピアノ。意外と覚えてるもんだな』
『岡部に啖呵切ったアイツ、かっこよかった』
『アイツがいなかったら、もっといろんな人を傷つけてた』
 ああ、そうだ。一度だけ、音楽室で瀬名先輩がピアノを弾いてくれたな。
 すごく繊細な音で、美しくて、驚いた。
 でも、あのときにはすでに、瀬名先輩は自分の記憶と戦っていたんだ……。
『アイツの輪郭がどんどんぼやけていく』
『明日、ちゃんと覚えてるだろうか』
『今日はアイツが行きたい場所に連れていこう』
 カフェに連れて行ってくれたのは、記憶のリハビリじゃなくて、私が行きたい場所に、連れていきたいと思ってくれたからだったんだ。
 ただの気まぐれだと思っていた。