それから、ゆっくり思い出すように、噛み締めるように、言葉を紡ぐ。
「それで、思い出したんだよね。すでに過去に、そんな自分を怒ってくれてた子がいたなって……。今になって、あのときちゃんとその子の言葉を受け止めてたらなって、思ったの」
 岡部が丸くなった理由は、大学生になって、いろんな傷つくことを経験したせいなのだろうか。
 卒業以来会っていない人は、学生の頃の記憶のまま止まっていたけれど、この数年間で俺が想像する以上に、皆いろんなことを経験して、考えて、生き抜いているんだろう。
 俺は岡部が経験したことを想像することしかできないけれど、彼女に対する印象は大きく変わっていた。
「そうか」と、短く相槌を返すと、岡部は今度は心配そうな目で俺のことを見つめてきた。
「この話聞いても……、やっぱり思い出さない?」
「……なに、なんのこと」
「桜木琴音のことだよ」
 サクラギ、コトネ……。
 その名前を聞いた瞬間、ズキンと再び頭の一部が激しく痛んで、俺はこめかみを指で押さえた。
 岡部は「本当に忘れてるんだ」と切なそうに呟いて、そのまま黙ってしまった。
 痛みに耐えながら、俺はそんな彼女を問い詰める。
「何、それ。俺の過去に関係してる人ってこと?」
「そうだよ。たぶん、すごく大切な子だったはずだよ」
「……思い出せねぇ」
 頭が割れるように痛い。しばらく、過去のことは誰にも触れられないで過ごせていたのに。
 よほど、自分の過去に大きく影響している人なんだろうか……。
 必死に名前から記憶を呼び起こそうと試みるが、顔も何も浮かんでこない。
 そんな俺に向かって、岡部はスマホをカバンから取り出して、画面を俺に見せつけた。
「今日、確認したいって思ってたのは、このことなの。……ねぇ、これって、類のアカウントだよね?」
 画面の中には、勿忘草を摘んでいる女子高生のうしろ姿があった。
 思い出せもしないのに、俺はその写真を見た瞬間、なぜか涙をこぼしていた。



side桜木琴音

 瀬名先輩の大学に行ってから一週間後、そのまま夏休みに入り、私は家と市の図書館を往復する日々を送っていた。
 私の様子を心配した村主さんから、たまにおもしろい動画のURLが送られてきたりして、私はそれをひそかな楽しみとして過ごしていた。