学校に行くことがこんなにツラいと感じたのは、中学以来のことだった。
気持ちが重いまま、玄関でゆっくり時間をかけて靴を履いていると、母親がお弁当箱を持ってやって来た。
私はお弁当箱を受け取ると、無言で玄関の扉に手をかける。
マフラーをぐるぐる巻きにして、ガチャリとドアを開くと、今日も薄いグレーの空が広がっている。
……ばあちゃん、今日が始まるよ。
いつもおだやかな日になるように、せっかく空気より目立たない技を身につけたというのに。
吐いたため息が、白い煙となって空にのぼっていった。
隙を見てノートを奪おうとしたけれど、データ化してるから意味ないけど、と言われてすべてを諦めた。
なにがどうなって、校内で一番派手なグループにいる瀬名先輩の記憶のリハビリに付き合うことになったのか。
瀬名先輩にとって大切な記憶がなんなのか、私がわかるはずがないのに。価値観も生きてる世界も、何もかも違う人間にそんな重大なケアを頼むなんて、明らかな人選ミスだ。
そして、ノートを落とした自分を呪っているうちに、授業はあっという間に終わり、放課後となってしまった。
本当に、先輩は図書室で私のことを待っているのだろうか。
「あの……桜木さん」
憂鬱な気持ちで教科書を整理していると、久々に自分の苗字を他人の口から聞いた。
驚き顔をあげると、クラスの委員長で美人な優等生が、私の顔を不安そうに見ながら教室の入り口を指差している。
「なんか……村主さんが桜木さんのこと探してるみたいだけど」
「え……」
バッと入り口に目をやると、そこにはなんだか見覚えのある茶髪ロングの派手な美女が、腕を組みながら立っていた。
そうだ、あの雪の日、瀬名先輩に告白してフラていた人だ。たしか名前は村主と呼ばれていた。
スカートはセーターから五センチほどしか見えてなくて、あんなに生足を出してどうしてこの極寒の冬を過ごせるのか不思議でならない。
そんなことより、どうして彼女が私を探しているのか……。もしや、瀬名先輩が私の秘密を彼女にバラしてしまったんだろうか。
「わ、私のことじゃないと思います……。一度も話したことないので……。お、教えてくれてありがとうございます」
「そ、そっか。うん、そうだよね」
「はい……すみません」