不機嫌そうな声を出しながら、村主さんはちらっと私のことを見る。
 私は、ドクンドクンと高鳴る心臓を手で押さえつけながら、瀬名先輩の顔をおそるおそる見あげる。
 その瞬間、村主さんが静かに私を指さした。
「この子、最近仲いいクラスメイトの桜木琴音ちゃん。一緒に来たの」
 瀬名先輩のアーモンド形の瞳としっかり目があった私は、やはり何も言えずにぺこっと頭を下げた。
 顔を見たら、何かを思い出してくれるかもしれない……。
 そんな願いは、瀬名先輩のひとことで簡単に打ち砕かれてしまった。
「……村主にも、まともそうな友達いたんだな」
「え……」
 え、と声を上げたのは村主さんで、私はがらがらと胸の中で何かが崩れ落ちていく音を冷静に聞いていた。
 予想も覚悟もしていたことなのに、どうしてこんなに傷ついているんだろう。
 瀬名先輩の過去に……未来に、世界に、私はもう存在しないんだという事実が、とてつもなく悲しい。
 そして、何も覚悟ができていなかった自分が、情けない。
「そ、それどういうこと! 私の周りちゃんとした友達ばっかだけど」
 珍しく取り乱した様子の村主さんが、必死に言葉を繋げる。
 瀬名先輩は、そんなことにいっさい気づかないまま、「そろそろ戻るわ」と、席を離れようとした。
 村主さんはとっさに「待って!」と声を上げて、紙ナプキンにペンで何やら書き出していく。
 それは、彼女の電話番号だった。
「瀬名先輩、スマホ壊しちゃったんだよね? ずっと連絡しても既読にならなかったから」
「あー、そう。放火事件のときに燃やした」
「電話番号、これ登録しといて! 絶対ね」
「……お前に電話する用事、一生なさそうだけどな」
 瀬名先輩は、最初から最後まで塩対応のまま、紙ナプキンをポケットにしまって今度こそ立ち去ってしまった。
 そのうしろ姿を見ながら、私は瀬名先輩に言われたことを再び思い出していた。
 忘れたってことは、大切だってことだと、信じてくれるかと、あのとき先輩は言ったんだ。
 瀬名先輩ひとりでどうにかできる問題じゃないし、瀬名先輩はひとつも悪くない。
 ただ信じて、信じて……。でも、その先は、どうすればいいのだろうか。
 私と瀬名先輩の関係に、ゴールはあるのだろうか。
 ついこの間まで隣にいた先輩が、すごく遠くに感じる。
「琴音……、全然、大丈夫じゃないよね」