ひとり暮らしを始めたものの学費と生活費は海外の両親に賄ってもらっていた俺は、遊ぶ
金ぐらいは自分で稼ごうとアルバイトを探した。そして先輩に紹介してもらったテレビ局の
雑用バイトをしていたときに、偶然そこで出会った芸能事務所・オルビスプロダクションの
社長に声をかけられたのだ。

 そう。俺の仕事は、いわゆる〝芸能人〟ってやつだ。
 童顔だけどそこそこ整っていた顔と、根っからの明るさと愛想のよさを買ってくれた社長
は、俺をアイドルとして売り出した。芸名は本名と同じ天澤奏多。

 期間限定のアイドルユニットとしてライブしたり、若手芸能人の登竜門である2,5次元
舞台に出たり、ラジオ番組に短いコーナーを持たせてもらったり。俺はコツコツと、けれど
着実にキャリアを積んでファンを増やしていった。

 おかげでここ二年ぐらいは仕事の幅も広がり、ドラマやバラエティのレギュラー出演もさ
せてもらっている。ファンの子はもとより、テレビをよく見ている層にならば顔と名前を知
られているくらいの知名度にはなっただろう。

 そして今年、芸能生活六年目を迎えた俺に過去最高のビッグチャンスが訪れた。
 初の映画出演、しかも準主役という大抜擢だ。
 タイトルは『BUDDY』。警察バディもので、俺は、ベテラン警部の相方の新人警部とい
う役どころだった。主役はもちろんそのベテラン警部、演じるのは事務所の大先輩である大
河内務さんだ。

 大河内さんは芸歴三十年を超える実力派俳優で、数々の映画賞を受賞している。仕事に貪
欲で向上心が高く、〝芝居馬鹿〟と自称しているほどだ。
 自分の演技を高める努力を惜しまないことはもちろん、大河内さんは若手の育成にも力を
入れていて、事務所の後輩の演技指導にもあたってくれている。

 俺は今回初めて大河内さんと一緒に仕事をすることになったけど、そりゃあもう朝な夕な
世話になった。
 時に厳しく時に優しく大河内さんは俺を指導してくれて、撮影が終わった後はふたりきり
で飲みに連れていってくれたこともあった。自宅に招かれて食事も振舞ってもらった。思う
ように芝居ができなくて励ましてもらったのも、一度や二度じゃない。

 一ヶ月の撮影期間、ほとんど毎日一緒に過ごした俺と大河内さんは、まるで本物のバディ
になったみたいだった。