ついにギャンギャンと鳴きだしたドルーの声に、飛鳥さんが「どうしたー?」とキッチン
まで様子を見にきた。俺は慌てて冷蔵庫から麦茶を出しながら、「なんでもない。ドルーが
おやつ欲しがっちゃって」と適当に濁す。

 飛鳥さんがリビングへ戻っていったのを見届けてから、俺は麦茶をグラスに汲みながら足
もとのドルーに「続きは後でな」と小声で告げた。


 それから二時間後。リードの場所や散歩コース、散歩の際に注意することなどの説明を聞
いて、飛鳥さんとロミオくんは帰っていった。
 こんな面倒な頼みを引き受けてくれて、本当にふたりには頭が上がらない。
 飛鳥さんだってロミオくんだって、もちろん仕事がある。ロミオくんはレギュラーのバラ
エティ番組の収録が曜日固定で入っているし、飛鳥さんは曜日固定のラジオパーソナリティ
ーと舞台の稽古が入っている。それ以外にも単発での取材や、急遽出演依頼が入ることもあ
るだろう。
 それでも、三人でやりくりすれば俺のドラマ収録が済むまで、なんとかホテルやシッター
に頼らなくてもドルーの散歩はこなせるだろうと、ふたりは言ってくれたのだ。……もっと
も、最初は俺が謎の外国人(人間化したドルー)と同棲してると思い込んでいるふたりの誤
解を解く必要があったけど。

 とにもかくにも、ふたりが――特に飛鳥さんがここまで協力してくれるのには、ちょっと
した理由がある。二年前、彼が一時的に仕事と収入がなくなり貯金が底をついたときに、し
ばらくうちへ居候させていたことがあったのだ。それから深夜ドラマがきっかけで人気を取
り戻した飛鳥さんは再び芸能界で食べていけるようになったけれど、彼はそのときの恩を忘
れていない。

 なんとなくその頃から、飛鳥さん、ロミオくん、俺、そして若手俳優やタレントたちの幾
人かは、困ったときは助け合おうという空気になっている。なんたって人気に左右される不
安定な職業だ、いついきなり無収入に陥ったっておかしくはない。飛鳥さんの一件から、俺
たちは助け合いと横との繋がりの大切さを学んだのだ。

 そんなこともあって、今回、飛鳥さんとロミオくんは快くドルーの散歩を引き受けてくれ
たわけだけど……問題はドルー本人が頑として納得しないことだった。

「カナタが仕事忙しいなら、オレも人間になって一緒に仕事行く。それなら散歩しなくてい
い」