発端は、一ヶ月前のことだった――。


***

「ドルー、こちら飛鳥さんとロミオくん。会ったことあるよな。来週からふたりが散歩に連
れていってくれるから、仲良くするんだぞ」
「よろしくね、ドルー」
「俺は泊まることもあるから。仲良くやろうな、ドルー」

 六月のとある蒸し暑い夜。俺は自宅に招いた飛鳥さんとロミオくんを、ドルーに引き合わ
せていた。
 人好きのドルーは最初こそ訪客にピョンピョン跳ねて喜んでいたが、俺が彼らを「散歩代
理」と紹介した途端、舌を出したままキョトンとした様子で固まった。

「散歩? どういうことだ? 来週からはみんなで散歩?」

 不思議そうに小首を傾げるドルーの質問は、当然俺にしか聞こえない。
 俺は飛鳥さんとロミオくんをリビングに座らせると、「飲み物とってくる」と告げて、ド
ルーと一緒にキッチンの奥へ移動した。

「来週から俺、ドラマの撮影が始まるんだよ。今回出番多いから拘束時間もかなり長くてさ。お前のことしばらく散歩に連れていってあげられる余裕がないんだ。だから俺の代わりに、飛鳥さんとロミオくんがドルーを散歩に連れていってくれるから」
「……なんで?」
「だからー、撮影に入っちゃったら、俺、何時に帰ってこられるかわからないの。深夜どこ
ろか朝方になるかもしれないし、帰ってこられないかもしれない。そうしたらドルーのこと、散歩に連れていってあげられないだろ? だからドラマの撮影が終わるまでの間、俺の代わりに……」
「やだ!」

 ようやく話を理解したドルーは、ワン!とひと吠えして、こちらの言葉を遮った。

「やだ! カナタと散歩行きたい! カナタがいい!」
「だから、それができないから飛鳥さんたちに頼んだの。お前、飛鳥さんとロミオくんのこ
と好きだろ。前に公園で一緒にフリスビーして遊んだとき大喜びしてたじゃん」
「好き! でもカナタのほうがもっと好き! カナタと散歩いきたい!」
「わがまま言うなって。ふたりだって忙しいのに快く引き受けてくれたんだから。それとも
俺の撮影が終わるまで、ペットホテルに預けられた方がいいか?」
「やだやだやだーー!! ペットホテルやだ! カナタに会えなくなるのやだ!」
「じゃあわがまま言わないで。ほんの数ヶ月の辛抱だから、な?」
「やだー! カナタがいい! カナタじゃなきゃダメだー!」