俺はドルーのずっしりとした足を一本ずつ丁寧に拭いてやると、「どうぞ」と言って上が
り框に招き入れた。
 お利口にリビングまでついてきたドルーを見て、言葉が通じるって便利だな、なんて呑気
なことを思ってしまう。

 ドルーは物珍しそうに部屋の中をチョコマカ動いては匂いを嗅いでいたけど、俺が「そこ
座ってて」と言うと、おとなしくテーブルの前でおすわりした。

 俺はリビングと引き戸で繋がっているダイニングキッチンへ入ると、冷蔵庫を開けて、ま
ずはペットボトルの水をひと口飲んだ。それから冷蔵庫の中身を見つめ、少し悩む。
 ドルーになにか飲み物でも出してやるべきだろうか。犬がうちに来たことなんか初めてだ
から、よくわからない。

「牛乳でいいのかな……冷たいとお腹壊すか?」

 温めるべきか悩んでスマホで検索してみると、なんと犬に牛乳はNGだというではない
か。知らなかった。哺乳類ってみんな牛乳飲むのかと思ってた。
 俺は皿に移してしまった牛乳をマグカップに移し、代わりに皿に水道水を汲むと、それを
持ってリビングへ戻った。

「水ぐらいしかないんだけど、飲むか?」
「飲む!」

 皿を差し出すと、ドルーは口の周りをビショビショにしながらすごい勢いで水を飲んだ。
だいぶ喉が渇いてたみたいだ。もしかして、ずっと飲まず食わずで飼い主を探して歩いてい
たのだろうか。

 俺は向かい側に腰を下ろし、牛乳を飲みながらドルーが水を飲み終えるのを待った。冷た
い牛乳を飲んだら、なんだか腹が冷えてきたので、エアコンの暖房のスイッチを入れる。
 そして部屋が温まってきた頃、ちょうどドルーも水を飲み終えたので、俺は改めて声をか
けた。

「えーっと……さっきも言ったけど、俺は天澤奏多。二十四歳。この町で生まれてこの町で
育った。犬を飼ったことは一度もないし、一時期預かったりとかもしたことない。正直、お
前……っていうか、シベリアンハスキーを間近で見たのも初めて。だから……必死に飼い主
を探してるお前にはなんというか、申し訳ないんだけど……やっぱ人違いだよ。俺はお前の
飼い主だったことなんて一度もない」

 ドルーは青い目でジッと俺を見ていた。
 また吠えるのではないかと身構えたけれど、今度はそんなことはなかった。