俺とドルーはあくまで主従というかパートナーなんだけど、明らかに誤解されたな……。
まあ、いい。些細な誤解より、今は水町さんのことだ。
 水町さんはハーッと大きく息を吐きだすと、身を投げ出すようにドスンとベンチに座り直
した。そしてぼんやりと空を眺める彼女の隣に、ドルーも座り直す。

「なんか……気が抜けちゃった。ドルーさんと話してると、ごちゃごちゃ考えてたのが馬鹿
らしくなってくる。……そうだよね。傷つきたくなくて京介さんから逃げたはずなのに、私
ってば今でもメソメソして、やけになってあっちこっちの男の子と遊んで、勝手に傷ついて
る。ばっ……かみたい。あーあ、なにやってんだろ」

 雲がぽっかり浮かぶうららかな空を見上げながら、水町さんはひとりごとのように吐き出
した。そしてククッと笑ってから、「たぶん京介さんも同じだろうなあ。きっとひとりで傷
ついて泣いてる」と、呆れたような苦笑を浮かべた。

 それからふたりはしばらく無言だった。まるで時間が止まってしまったかのようにふたり
は空を眺め続けていて、風に乗って通り過ぎる桜の花びらだけが正常に時を刻んでいるみた
いだった。

 水町さんはバッグからコンパクトミラーを出して「あーあ、ひどい顔」と、すっかりメイ
クの崩れた自分の顔を見て嘆くと、サングラスをかけて目もとを隠した。そしてベンチから
立ち上がると、ドルーを振り返って言う。

「京介さんに会ってくる。もう一回、悪あがきしてみるよ。ドルーさんみたいに人生丸まる
かけられるかはわかんないけど、私、京介さんと生きていきたい。死ぬまでそばにいたい。
今は傷つけ合っても、いつかは『一緒にいてよかった』って言ってもらえるような、そんな
存在になりたい」

 しゃっきりと背筋を伸ばして言った彼女は、いつかのコンサートステージで見た姿とよく
似ていると思った。
 水町さんを見て屈託なく笑うドルーの笑顔が、春の日差しに煌めいている。

「頑張れ、宮乃」
「うん。ありがとうね、ドルーさん」

 吹っ切れたように立ち去った彼女は、一度も振り返らず桜並木の下を歩いていった。途中
で、ペアリングを指に嵌め直しながら。

「おつかれ、ドルー」

 植え込みから立ち上がった俺は、スタジャンにまとわりついた葉っぱを払ってから、ドル
ーの座るベンチに手を掛けた。