「……けど時々考えちゃうんです。ウェンディは僕の世話をしていて幸せなのかなって。本
当は走り回るのが大好きな子なのに、僕と外に出るときは我慢しなくちゃならない。他の犬
と遊ばせてやることもできない。普通の犬が手に入れられる幸せを、僕はウェンディから奪
ってる。……そんなふうに考えてしまうんです」

 そう語った京介さんの顔は微笑んでいたけれど、たまらない悲しさに満ちていた。ウェン
ディは足もとに伏せたまま、目だけを京介さんに向けている。ウェンディは賢いから人の言
葉が少しだけわかるとドルーが言っていたけど、今の京介さんの言葉はあまり聞かせたくな
いなと思った。

「ウェンディはそうは思ってないですよ。京介さんの役に立って、京介さんが笑顔になるこ
とに喜びを感じているはずです。それがパートナーってもんじゃないですか」

 ウェンディが京介さんに元気になって欲しいと願っていることをドルーから聞いていた
俺は、思わず反論してしまった。けれど京介さんはますますやるせない笑みを浮かべる。

「盲導犬の訓練士さんも同じことを言っていました。わかってます。天澤さんや訓練士さん
の言ってることが正しいって。けど……パートナーだからこそ、申し訳なく思ってしまうん
です。僕はウェンディに何もしてあげられない。頼ってばかりで同じだけのものを返してあ
げられない。……天澤さん。誰かに頼りっぱなしって、結構しんどいものですよ」
「……それって、ウェンディだけじゃなく……他の誰かに対しても、ですか?」

 俺の投げた問いかけに、京介さんはピクリと片眉を上げた。
 彼が嘆くように吐き出した思いは、きっとウェンディのことだけじゃない。そんな気がし
た俺の勘は、間違っていなかった。

「……そうですね。……僕には恋人がいたんです。結婚の約束をするほど愛し合った恋人が。とても才能ある女性で、仕事に夢を持っていて努力を惜しまない人でした。僕はそんな彼女の恋人であることが誇らしかった。だから……僕は視力を失い、彼女に手を引かれて歩くことしかできなくなった自分が許せなかったんです。結婚をしたら僕は一生、彼女に手を引いてもらうことになる。才能ある彼女の重荷になることも、今の僕では彼女に釣り合うだけの才能や夢もないことも、彼女が好きだと言ってくれた色鮮やかな写真をもう撮れないことも……僕は耐えられない」