海に免疫のないドルーは完全にパニックだ。立ち上がれば水面から顔が出るのに、尻もち
をついたまま波に翻弄されて溺れかかっている。幼児か。
 大慌てで助けに駆けつけた俺の目の前で、またしても大きな波がドルーの頭の上からかぶ
さった。そして俺の視界から完全にドルーを消してしまう。

「ドルー!」

 血の気の引く思いで叫び、暗闇の中で目を凝らした。どこに行った? どこまで流され
た? 心臓がドクドクうるさくて、集中してドルーの姿を探せない。――すると。

「カナタ! カナタ!」と叫ぶ声が、耳ではなく頭の中に聞こえた。声のした方に顔を向け
ると、なんとシベリアンハスキー状態のドルーが必死に犬かきで泳いできているではないか。

「あ、あれ?」

 ドルーは自力で砂浜まで泳ぎ切ると、ブルブルッと思いきり体を振って水けを飛ばした。
俺は唖然としながらドルーのもとまで駆けつける。

「お前……戻っちゃったの?」
「うん。洋服重くて泳げなくて『犬に戻りたい』って思ったら、戻ってた。怖かったー!」
「まあ、……無事でよかった……うん……」

 遠く揺れる波間に、なにかが漂っているのが見える。たぶん、ドルーの着てた服だ……。
今日買ったばかりのジャケットとシャツとズボン、さよなら。

 俺はリュックの中からハンドタオルを出し、ドルーの体の水分を少しでも拭ってやった。
風邪ひかなきゃいいけど。

「それにしても、思っただけで簡単に戻っちゃうんだなあ。便利なような、不便なような…
…。また人間にはなれるの?」
「わかんない。やってみる?」
「あ、ストップ! なっちゃ駄目! 犬のまま、犬のまま!」

 今この状態で人になられても困る、服が流されて真っ裸なんだから。公然わいせつ罪で捕
まっちゃうじゃないか。

「一応持って来ててよかった……」

 リュックにしまっておいた首輪とリードを、まだ毛がしっとりしているドルーに繋いだ。
自分の用心深さに花丸を上げたい。
 問題はここからどうやって家まで帰るかだなと頭を悩ませ、スマホで手段を検索すること
にした。すると、ドルーがリードをぐいぐい引っ張り、砂浜と歩道を繋ぐ階段のところまで
やって来た。

「なんだよ、帰りたいの? ちょっと待って、今、帰り方調べてるから」
「違う。ここ、なんか光ってる」