食事を終えても水町さんは「このあとカラオケに行こう」と提案してドルーを放そうとし
なかったけれど、さすがにマネージャーさんが「宮乃、今日はもうこの辺で」と気を遣って
解散にしてくれた。

 駅前でようやくドルーとふたりきりになり、俺はホーッと安堵の息を吐く。疲れた……。

「ドルーも今日は疲れただろ。おつかれ。俺の言うことよく聞いて、お利口だったな」

 人間としての生活を初めて丸一日体験して、さぞかし疲れただろうと思ってドルーを見る。
けれど彼は実に活き活きとした顔をして「すごく楽しかった!」と上機嫌で答えた。タフだ
なー……。

「いっぱい人がいて、カナタとずーっと一緒で、うんとうんと楽しかった。ちっとも寂しく
なかった。ご飯もおいしかった。毎日こうだといいな!」

 慣れない生活が苦にならないほど、普段寂しい思いをさせてたんだな……と、申し訳なさ
に胸がチクンと痛くなる。

「……せっかく鎌倉に来たんだし、ちょっと散歩していこうか。お前、浜辺行ったことない
もんな」

 俺は疲れた体に気合を入れて、駅に背を向けると由比ヶ浜の方へと足を向けた。ドルーに
もっと楽しい体験をさせてやりたくて。


 すっかり日の沈んだ海岸は、人もまばらだった。
 海風は少し冷たかったけど、ドルーはそんなのお構いなしに砂浜を駆けていく。

「なんだこれ! なんだこれ! ドックランより広いぞ、カナタ! 水いっぱいで動いてて
音がして変な匂いがして、なんだこれ!」

 いい年した男が飛び跳ねて大はしゃぎするさまはビジュアル的に少々ヤバかったけれど、
人は少ないし辺りは暗いのでセーフだ。

「待て待て、海入るなら靴脱がないと。ほら、ズボンもまくってあげるから足出しな」

 俺はドルーの靴と靴下を脱がせ、ズボンの裾をクルクルと捲り上げてやる。そして「行っ
ていいよ」と許可すると、ドルーは水際まで駆けていき、打ち寄せる波にビビったり追いか
けたりしながら遊んだ。

「姿は人間でもやっぱ中身は犬なんだな」

 つくづくそんなことを思いながら眺めていると、いきなり大きな波が打ち寄せてドルーは
足を取られすっ転んでしまった。しかもその直後にもうひとつ大波が押し寄せて、パニック
になっているドルーは浅瀬に流されてしまう。

「ドルー!」
「たっ、助けて! カナ……っ!」