「あ、ごめん。じゃあ、ドルー。……三回回ってワンって言ってみて」

 恐る恐る出した俺の命令に、ワンコ……もとい、ドルーは素直に従った。その場でクルク
ルクルッと回り、得意そうに「ワン!」とひと吠えする。

「これ、遊び? 次は? 次は?」
「……そこの電柱のとこに落ちてる空き缶拾ってきて」

 次の命令も、ドルーは間違いなくこなした。遊びだと思ってるのか弾むような足取りで指
示した電柱まで行き、空き缶をパクっと咥えて戻ってくる。

 俺は自分の頬をペチペチと叩いた。夢ではない……と思う。
 門扉から出て手を伸ばし空き缶を受けとってやると、ドルーは尻尾をブンブン降ってその
場におすわりした。口を開け舌が見えるその顔が、なんだか得意げな笑顔に見えてくる。

「オレ、お利口! カナの言うことちゃんと聞けた! だから撫でろ!」
「あ、うん。えらい、えらい」

 褒めろという圧に負けてフカフカの頭をそ~っと撫でると、ドルーは実に満足そうに目を
細めた。それを見てちょっと可愛いと思ってしまう。

「お前……本当に俺と喋れるんだな」

 もう認めざるを得ない。これは幻聴でも気のせいでも夢でもない、現実だ。
 今、俺は不可思議体験をしている。犬と会話するという絵本のような体験を。

 会話といっても、ドルーは実際に口をゴニョゴニョ動かして喋っているわけではない。テ
レパシーみたいに、なんとなく言葉が耳に届くのだ。

 俺は以前、超常現象を追求するテレビ番組に、若手タレント枠のパネラーとして出演した
ことを思い出していた。そのときアメリカから来たナントカって教授が動物との会話につい
て解説していたのだ。

 脳波の波型が一致すると異なる動物同士でも意思の疎通が可能だと、ナントカ教授は目を
剥いて熱心に解説していた。
 そのとき俺はタレントパネラーらしく、「もしそうならシロナガスクジラと話してみたい
ですね~」なんてゆるいコメントをしたけど、もっと詳しく話を聞いておけばよかったと今
になって後悔する。

「なんで喋れるの? 脳波ってやつ?」

 そう尋ねると、ドルーは出ていた舌をしまいキョトンとした顔になって、いっちょまえに
首を傾げて見せた。

「なんで……? カナのこと好きだから……?」
「いやいや、意味わからないし。っていうかお前どこの犬なの? どうして俺のこと知ってるの?」