「そ、そう! ほとんど日本語喋れないんだ。だから俺が通訳っていうか……は、はは」
しかし必死に誤魔化しているというのに、スタッフのひとりが「あ、僕ロシア語できます
よ」なんて言ってくるものだから、肝が冷える。ロシア語なんてオレもドルーもわかんねー
よ。
「それより皆さん、時間押してますよ! 準備しましょう! ほらほら!」
とりあえずめちゃくちゃな誤魔化し方をして、その場を切り抜けた。ドッと疲れが出る。
やっぱり連れてくるべきじゃなかったか。
けど今さらそんなことを言っても仕方ないので、俺はドルーにそっと耳打ちする。
「俺はメイクしてくるから、ここに立って待ってて。話しかけられても答えなくていいから
な。ロケが始まったら一番うしろからついて来て。勝手にどっか行くなよ」
「わかった」
「あと、トイレ大丈夫か? 水は? 喉乾いてない?」
「平気」
ドルーはコクコクと頷いて、口を引き結んだ。彼なりにうっかり喋ったり、クンクンした
りしないように気をつけている顔なのだが、これが傍目にはものすごくクールで凛々しく見
える。ADの女の子が頬を染めてドルーに見とれていた。
今日のロケは観光地鎌倉を紹介するリポート。毎週日曜日に放送される情報番組の中のワ
ンコーナーだ。
俺は水町さんと、お笑い芸人の糟井さんと一緒に、江ノ電の路線沿いの観光スポットを散
策する。途中、商店のおばちゃんや観光に来ている一般の方に声をかけたりしながら、ロケ
は順調に進んだ。
ただ、屋外ロケにギャラリーはつきものとはいえ、今日に限ってはその何割かの注目は俺
たちではなくドルーに集められている。おそらく、一般の人たちからはドルーも出演者の芸
能人だと思われているのだろう。
積極的な若い女の子になにやら声をかけられているのが見えてヒヤヒヤしたが、ドルーは
俺の言いつけ通り無言のまま首を横に振って切り抜けていた。
午後五時。順調に進んだロケは、予定時間ピッタリに終わった。
撮影に支障がなかったことに、俺は密かに胸を撫でおろす。しかし……世の中そんなに甘
くない。
「天澤くん、これからみんなでご飯いかない? ドルーさんも一緒に」