「カナタ、すぐに忘れる! カナタ、お利口じゃない! 昨日も早く帰るって約束したのに、オレが眠くなるまで帰ってこなかった! オレはカナタとの約束は絶対忘れないのに、カナタはオレのことも約束のこともすぐに忘れる!」

 切々と訴えてくる男の言葉を聞いているうちに、俺の中で「まさか」という気持ちが湧い
てくる。
 そんな非科学的なことはあり得ないと思いながらも、そもそもあいつは俺と会話できると
いうファンタジーな存在だったことを思い出す。

「もしかしてお前……ドルーなの……?」

 震える声で尋ねた。同時に、男の首に嵌めてあるチョーカーがドルーの首輪だと今さら気
がついた。

「ドルーのこと思い出したか? カナタ、お利口!」

 ニイッと口角が上がる笑みが、頭の中でシベリアンハスキーのドルーの笑顔と一致する。
 衝撃のあまり気を失いそうになりながら、俺はとりあえず「ゆうべは遅くなってごめん…
…」と破った約束のことを謝った。


 人間の姿をしているドルーにドッグフードを食べさせるのはなんだか気が引けて、今日の
朝食は鮭と野菜のリゾットにした。ドルーのは一応味つけナシ。

 スプーンの使い方を教えると、ドルーはぎこちなくもなんとか習得し、いささかテーブル
を汚しながらも人間用の食器を使ってリゾットをおいしそうに食べた。

「人間になってカナタに会いたいってうんと思ってたら、人間になってた。でも人間になる
と匂いがわからないし、ドアが開かなくて、カナタのこと探しに行けなかった……」
「お前が鍵の開け方がわからなかったことを、俺は今心からよかったと思ってるよ」

 身長百九十センチ近い美形男が全裸で街を闊歩する事態に陥らなかったことを、俺は神様
に感謝したい。そんなことに安堵しながら、俺はテーブルを挟んで向かいの席に座るドルー
を見た。

 とりあえずドルーには父さんの服を着せた。父さんは身長はさほど大きくないけど恰幅が
いいので、一応はシャツの肩幅もズボンの腰回りも収まった。丈はつんつるてんだけど。
 それでも、カッターシャツにライトブラウンのスラックスを着たドルーは、まるでモデル
かハリウッド俳優みたいだ。父さんの服なので色やデザインが若干おっさんくさいが、それ
が却って落ち着いた紳士の雰囲気を漂わせている。