帰ってきた俺の答えに、ドルーはものすごく寂しそうな顔をすると、感情が抑えきれなく
なったのかアオーンと悲しげな遠吠えをした。

「とにかく、なるべく早く帰るから! いい子で待っててくれ!」

 これ以上時間を費やすわけにいかず、俺はドルーを振り切って玄関に向かった。

「人間になりたい! 人間になってカナタと一緒にお仕事行くー!!」

 靴の踵を潰した状態で急いでドアから出ていった俺の耳に、ドルーのなんとも哀れな願望
の叫びが聞こえた。


 ――人間になりたい、かあ。
 スタジオでバラエティ番組の撮影を終えた俺は、控室で帰り支度をしながら今朝のドルー
のことを考えていた。

 俺が朝から晩までいなくて、ドルーがひとりぼっちで留守番することは、最初から覚悟し
ていたことだ。けど、こうも寂しがられてしまうとドルーが可哀想になってくる。

 マネージャーに頼んでなるべく深夜に撮る仕事は避けてもらっているけれど、それでも収
録が長引いて朝帰りになることだってたまにある。というかそもそも、まだ〝若手〟という
カテゴリから抜け出しきれてない俺は、スケジュールにわがままを通せるほど偉くはない。

「なんとかドルーを寂しがらせない方法はないかなあ……」

 ポツリと独り言ちていたら、うしろから突然「行くぞ、奏多!」と背を叩かれた。
 驚いて「へ?」と振り返った先にいたのは、今日の共演者で事務所の先輩でもある飛鳥健
一さんだ。その隣に、事務所は違うけれど今日の共演者で同い年の林ロミオくんもいる。

「行くって、どこへですか?」

 キョトンとして聞くと、飛鳥さんは俺の腕を引いて強引に椅子から立たせながら言った。

「メシだよ。遠矢さんがおごってくれるって言ってただろ。お前、聞いてなかったのかよ」
「え?」

 遠矢さんは番組プロデューサーだ。よく若手芸能人をご飯に連れていってくれるいい人。
そして彼の言う「メシ」は飲みにいくことを指す。

「うそ、聞いてなかった。……俺、今日は早く帰んないといけないんですよ……」

 頭にはドルーの顔が浮かぶ。遠矢さんの「メシ」なら、午前様は確定だ。今日は早く帰る
と言ったのに午前帰りじゃ、さすがにドルーに申し訳が立たない。けれど。

「お前、遠矢さん相手にそれが通じると思う?」
「……思わないです」