「もう留守番やだーっ! オレもカナタと一緒に行くーっ!」

 うちの廊下にキャンキャンとドルーの鳴き声が響き渡る、午前九時。最近ではほぼ毎日の
この光景。

「なるべく早く帰ってくるから、ね? そうだ、今度の休みはドッグラン行こう。お前、好
きだろ?」
「ドッグラン行く! でも留守番はもうやだー!」

 脚にまとわりつき、立ち上がって体を押し、ドルーはどうにかして玄関に向かおうとする
俺を行かせまいとする。

 ドルーと出会ってから三ヶ月。結局もとの飼い主が現れることはなく、俺は名実ともにド
ルーの正式な飼い主となった。
 ペットを飼うことは初体験だったけれど、ドルーは賢いし、なにより言葉が通じるおかげ
でさほど大きな苦労はなかった。

 シベリアンハスキーは運動が大事なので、毎日二回の散歩は欠かせない。少々不規則なが
らも俺は仕事前と帰宅後に連れ出し、ついでに自分のジョギングも兼ねた。餌は今はドッグ
フードを与えている。この方が栄養が偏りにくいらしい。けどドルーは食いしん坊で俺と同
じものを食べたがるので、休日の夜だけは俺の手作りごはんにしてやっている。

 言葉が通じるのでトイレの躾も簡単だったし、家具や家のものを勝手に噛むようなこともしないよう躾けた。基本的にドルーは言うことを聞くけれど、俺がいないときは時々理性が
本能に負けるようで、スニーカーとサンダルとぬいぐるみとパーカーと文庫本がドルーのカ
ミカミの犠牲になった。まあ本人が反省してたから許したけど。

 俺が仕事に行っている間、家の中の一階のドアは開け放しているけれど、ドルーは基本的
にリビングにいるらしい。寂しがらないようにリビングにはドルーお気に入りのおもちゃを
用意するだけでなく、テレビで俺の出演してる番組やライブなどのブルーレイをリピート再
生していっている。……俺としてはなんだか恥ずかしいというか複雑な気分だけど、ドルー
がリクエストするから仕方ない。おかげでドルーのやつ、やけに俺の活動について詳しくな
ってしまった。

 まあ、そんな感じで、ドルーも体調を崩したりすることなく新しい環境に慣れ始めてきた
わけだが。
 環境に慣れてくると退屈してくるというのは、人間に限った話ではないようで……。

 ここ最近、ドルーは留守番の退屈を持て余し、俺が仕事へ行こうとするたびに「行くな」
とわがままを言うようになってしまった。
 普段の仕事でもこの調子だ。さらに飲み会などがあって帰りが遅くなるときなんか、もう
宥めすかしても意味がない。お気に入りのボールを廊下の奥に投げて「取ってこい」をやっ
ている隙にダッシュして玄関を出る有様で、しばらくは家の外にまでドルーの抗議の鳴き声
が聞こえていた。

 そんなわけで今日も、俺はドルーの「行くな」攻撃にあっている。

「ドルー、勘弁してくれよ。現場入りに遅刻しちゃうよ~」
「だって、もう留守番やだ! カナタと遊びたい! カナタと一緒にいたい!」
「無理言うなって、仕事なんだからさ。俺がクビになっちゃったら、お前のドッグフード代
も稼げなくなっちゃうんだぞ。おやつも買えなくなっちゃうし、ドッグランにも行けなくな
るけど、いいの?」

 仕事をしてお金を稼ぐ重要性を説くと、理解したのかドルーは悲しそうにウ~と小さく唸
った。

「……じゃあ、オレも行く。カナタのお仕事に一緒に行く。ついて行く」

 新たなわがままを繰り出してきたドルーに、俺は眉を八の字にしてため息を吐いた。

「犬は連れていけないよ。電車だって乗るし、スタジオにだって入れない。現場には犬が嫌
いな人だっているんだし、無理だよ」