馬鹿だなあと笑い飛ばそうとして、昨日のやりとりが頭に浮かんだ。俺、ドルーから逃げ
回って、飼い主じゃないってずっと否定してたっけ。
 もしかしたらドルーのやつ、傷ついてたのかな。俺が飼い主でないことに変わりはないけ
ど、ドルーは大好きな俺に拒まれて、傷ついてずっと不安だったのかもしれない。

「……そうだな。好きな人に冷たくされたら、誰だって悲しいよな。でもドルーは大丈夫だ
よ。だって俺、ドルーのこと大好きだもん」

 大きくてモフモフの体をギュッと抱きしめてやると、しょぼくれていた尻尾がだんだん振
り子のように動き出すのが見えた。

「カナ、オレのこと大好きか?」
「うん、大好きだよ」
「オレも!」

 ドルーは気持ちを爆発させたように、顔をベロベロと舐めてきた。くすぐったくて身を捩
る俺を大柄な体で組み伏せ、よだれでベチョベチョになるほど舐め回す。

「ひゃはは、ひゃ、ドルー、ストップ! ちょっとたんま!」

 無理やりドルーの体を押しのけて体を起こすと、俺は手で顔を拭いながらソファーから降
りた。

「俺の顔なんか舐めてもおいしくないぞ。それより、ほら。これあげるよ。動物病院行った
とき、ドッグフードと一緒におやつも買っておいたんだ。歯にもいいんだってさ」
「おやつ?」

 キッチンにある棚の引き出しから、犬用ガムスナックと書かれた袋を取り出して持ってく
る。硬いジャーキーみたいな犬のおやつ。おいしいのかな?

「今日はたくさんお利口にしてたからな。ご褒美だよ」

 中身をひとつ手のひらに乗せて差し出せば、ドルーはクンクンと匂いを嗅いでからパクリ
とそれを咥えた。口から零れ落ちそうになるのを、顔を斜めにしては咥え直し、夢中でアグ
アグと噛み続ける。どうやら気に入ってもらえたみたいだ、よかった。

 床に伏せって無邪気におやつにかぶりつくドルーの隣に腰を下ろし、俺はぼんやりと考え
る。自分と、ドルーのこれからのこと。

 〝とりあえず〟のつもりだった。飼い主が見つかるまで、あるいは譲渡先が見つかるまで。
ドルーのことは〝預かっている〟つもりだった。
 けれど、今は……違う。
 もしこのままもとの飼い主が引き取りに来なければ、俺はドルーの新しい飼い主に……新
しい家族に、なりたい。