「だからあたしはやめようって言ったのに……翔が『天澤奏多をやらなきゃ、俺たちのこと
がバラされる』って……」
「だから俺ひとりでやるって言ったじゃん! 勝手についてきたのは姉ちゃんだろ!」
「だってあんたひとりに押しつけられないよ! 最初に『父さんの仕事めちゃくちゃにして
やろう』って言いだしたの、あたしなんだもん……」
そろってワンワン泣き出した姉弟を前に、俺と四谷さんは眉尻を下げて顔を見合わせる。
どちらにしろここじゃ近所迷惑になるし、なにより寒いので、ひとまず全員で俺の家に移
動することにした。
大河内姉弟はおとなしくうちまでついて来て、(四谷さんとドルーに挟まれていたので逃
げられなかっただけかもしれないけど)リビングに上げると、渡したお茶を素直に飲んだ。
「……あたしたち、父さんが大嫌いなんです」
カップのお茶を半分ほど飲んだ頃、少し気分が落ち着いたのか、姉の方がぽつりぽつりと
話し始めた。
彼女は名を澪といった。初めて知った。というのも、俺は大河内さんから家族を紹介して
もらったことがないからだ。
初めて大河内さんの家に行ったときから俺が感じていたことを、澪ちゃんの話はまるで裏
づけるような内容だった。
仕事熱心で後輩をかわいがる大河内さんの別の顔――それは、家族におそろしく無関心な
父親の顔だった。
あの家は大河内さんにとって後輩や仕事仲間をもてなす場であって、一家だんらんの場所
ではなかった。家族との会話もなく、誕生日も記念日も祝うどころか覚えていなくて、子供
や妻が病気のときでさえ大河内さんはこれっぽっちも関心を向けることがなかったという。
けれど、まあ、そういった家庭は日本中にたくさんあるだろう。とても残念なことだけど
も。
そんな中で大河内家が他と違っていたのは、家族に向けられるべき父親の愛情が他者に向
けられているのを、子供たちがずっと目の当たりにし続けたことだ。
澪ちゃんと弟の翔くんは、大河内さんが後輩を自宅に招くたびに見てきた。父親が目じり
を下げ、幸福そうに後輩たちを褒めてかわいがるところを。
……俺の個人的な考えだけど、子供ってのはどんな親であっても愛情が欲しくてたまらな
いものだと思う。
自分たちには与えてくれない愛情を他人に振りまく父の姿を、まるでいないように扱われ
ながら陰からこっそりと見ていた澪ちゃんと翔くんの気持ちは、想像するだけで胸が痛い。